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株式会社大真空 (6962) 2026年3月期 第1四半期 決算分析レポート【完全版】

はじめに:本レポートの目的と構成

本レポートは、株式会社大真空(以下、同社)が2025年8月12日に発表した2026年3月期 第1四半期決算短信 に基づき、同社の現状の経営成績と財政状態を多角的に分析し、将来の事業展開と企業価値を展望することを目的とする。単なる数値の羅列や事実の確認に留まらず、その背景にある要因を深掘りし、事業構造の本質的な課題と可能性を明らかにすることで、プロの投資家が投資判断を下すに足る、質の高いインサイトを提供することを目指す。

レポートは以下の構成で展開する。

  1. エグゼクティブ・サマリー:本レポートの結論を凝縮して提示。
  2. 事業概要とビジネスモデル:同社の事業構造と競争環境を解き明かす。
  3. マクロ環境と市場動向:同社を取り巻く外部環境を分析。
  4. 【最重要】第1四半期 業績徹底分析:P/L、B/S、C/Fの観点から業績を分解し、主要な変動要因を特定。
  5. 【核心】セグメント別 詳細分析:好不調が鮮明なセグメント別の状況を深掘りし、ポートフォリオの課題を炙り出す。
  6. 競合他社比較分析:競合とのベンチマークにより、同社の相対的なポジションを明らかにする。
  7. 中期経営計画と経営陣の評価:通期計画の蓋然性と経営陣の戦略実行力を評価。
  8. 将来シナリオとリスク・カタリスト:蓋然性を付した将来予測と、株価を動かす主要因を整理。
  9. バリュエーション(企業価値評価):複数の評価手法を用いて、理論株価水準を試算。
  10. 総括と投資提言:最終的な投資判断と、今後のモニタリングポイントを提示。

目次

1. エグゼクティブ・サマリー(結論ファースト)

  • 投資スタンス弱気(Bearish)(12–24ヶ月)/確信度:75%/前回比:格下げ
  • サマリー(3行要約)
    • 深刻な減益と赤字転落:26年3月期1Qは、売上4.6%減に対し営業利益は83.1%減と極めて高い減益率を記録し、さらに為替差損5.9億円の発生で経常赤字へ転落した。
    • 台湾事業の崩壊と為替リスクの顕在化:収益の最大拠点であった台湾が、通信市場の価格競争激化と台湾ドル高のダブルパンチで営業利益97.8%減と壊滅的な状況に陥り、特定の市場・地域への依存と為替感応度の高さという構造的脆弱性が露呈した。
    • 厳しい下期と見えない回復シナリオ:通期計画(営業利益10億円)の達成には、2Q以降に四半期平均で3.1億円の営業利益が必要だが、在庫の積み上がりと悪化した財務状況、そして不透明な市場環境を鑑みると、そのハードルは極めて高く、業績予想の下方修正リスクが非常に高い。
  • 主要カタリスト(上振れ要因)
    1. 通信市場の急回復:スマートフォン新機種のヒットや基地局投資の再開による、水晶デバイスの需給逼迫と価格上昇。
    2. 為替の反転:米ドル/台湾ドルレートの反転(台湾ドル安)による、台湾子会社の急激な収益性改善。
    3. 車載向け需要の更なる加速:EV/ADAS市場の想定を上回る拡大による、高付加価値製品の販売増。
  • 主要リスク(下振れ要因)
    1. 台湾事業の赤字化と競争力低下の長期化:価格競争の継続と台湾ドル高の定着による、台湾セグメントの恒常的な低収益化。
    2. 在庫評価損の計上:積み上がった在庫(前期末比+20.6億円)の滞留による、追加的な損失発生リスク。
    3. 財務健全性の悪化:運転資本の悪化を借入で賄う状況が続き、金利上昇局面で支払利息が増加し、財務の柔軟性が低下するリスク。
    4. 通期業績予想の大幅下方修正:第2四半期決算発表時における、市場の信頼を損なう大幅な業績下方修正。

2. 事業概要とビジネスモデル

2-1. 事業内容:社会を支える「産業の塩」

【事実】 同社は、電子回路の基準となる正確な信号を生成する「水晶デバイス」の専業メーカーである。 主力製品は、水晶振動子、水晶発振器(SPXO, TCXO, VCXO, OCXO)、SAWデバイス、光学製品など多岐にわたる。これらの製品は、スマートフォンやPC、サーバーなどの通信機器、自動車のエンジン制御やADAS(先進運転支援システム)を司る車載機器、工場の自動化設備や医療機器などの産業機器、デジタルカメラやゲーム機などの民生機器といった、あらゆる電子機器に不可欠な部品として組み込まれている。 まさに「産業の塩」と呼べる存在である。

2-2. ビジネスモデルと競争優位性(Moat)の源泉

【推論】 同社のビジネスモデルは、グローバルな開発・生産・販売体制を基盤とする。その競争優位性(堀)は、以下の3点に集約される。

  1. 技術力と製品ポートフォリオ:小型・高精度・高信頼性が求められる水晶デバイスにおいて、長年培った微細加工技術や実装技術が参入障壁となる。特に、温度変化に強いTCXO(温度補償水晶発振器)や、極めて高い周波数安定性を誇るOCXO(恒温槽付水晶発振器)など、高付加価値製品群を有することが強みである。
  2. グローバルな生産・販売ネットワーク:日本、北米、欧州、中国、台湾、アジアに拠点を構え 、顧客のサプライチェーンに密着したサービスを提供できる。これにより、地産地消のニーズに応え、物流コストや地政学リスクを分散する効果も期待できる。
  3. 車載市場での強固な顧客基盤:品質要求が最も厳しいとされる車載市場で実績を積み重ねていることは、高い品質保証能力の証左である。欧州セグメントの増益は車載向けが牽引しており 、この分野での強固なポジションが業績の下支えとなっている。

2-3. ビジネスモデルの脆弱性

【推論】 一方で、今回の決算は同社のビジネスモデルが内包する脆弱性を露呈させた。

  1. 汎用品市場での価格競争:TCXO市場での価格競争激化 に見られるように、技術が成熟した分野ではコモディティ化が避けられず、激しい価格競争に巻き込まれる。特に中国・台湾メーカーの台頭により、コスト競争力で劣後するリスクがある。
  2. 特定地域・市場への高い依存度:今回の業績悪化は、収益の大部分を依存していたと推測される台湾セグメントの不振が主因である。グローバル展開を謳いつつも、実質的な収益構造が特定の地域・市場に偏っていたため、その地域の市況や為替が変動した際に、ポートフォリオ全体で吸収しきれなかった。
  3. 極めて高い為替感応度:生産拠点を海外(特に台湾)に置く一方、取引通貨が米ドル建ての場合、「台湾ドル高・米ドル安」が直接的に製造コストの上昇(=利益の圧迫)に繋がる。今回計上された5.9億円の為替差損 は、この構造的リスクが顕在化した結果であり、自社でコントロール困難な外部要因に業績が大きく左右される不安定さを示している。

3. マクロ環境と市場動向

【事実】 同社は決算短信において、世界経済は「国内外で不確実性が高まる」「景気回復は総じて鈍化傾向」にあり、「先行き不透明な状況が継続」していると認識している。 市場別の動向としては、

  • 車載分野:堅調に推移。
  • 通信分野:GPS/GNSS向けTCXOマーケットで価格競争が激化。
  • 産業分野:設備投資の低迷による調整が継続。

【推論】 これらの市場環境は、同社のセグメント別業績にはっきりと反映されている。欧州の増益は車載向けが牽引し 、台湾の大幅減益は通信分野の不振が主因である。 今後の注目点は、①世界的なインフレと金融引き締めの影響による最終製品需要の動向、②米中対立を軸とした地政学リスクがサプライチェーンに与える影響、③そして最も重要な、米ドルに対する台湾ドル為替レートの行方である。同社の業績は、これらのマクロ要因と密接に連動しており、特に為替の動向は短期的な利益を規定する最重要変数と言える。


4.【最重要】第1四半期 業績徹底分析

4-1. 損益計算書(P/L)分析:利益はどこへ消えたのか

【事実】 連結P/Lの主要項目は以下の通り。前年同期比で、売上高の減少率(-4.6%)に対し、営業利益の減少率(-83.1%)が異常に大きい「営業レバレッジがマイナスに大きく効いた」決算であった。

勘定科目26/3期 1Q25/3期 1Q増減額増減率備考
売上高9,3769,827-451-4.6%通信・台湾の不振が主因
売上原価7,2917,428-137-1.8%売上減以上に原価が下らず
売上総利益(粗利)2,0852,398-313-13.1%
(粗利率)22.2%24.4%-2.2pt収益性の明確な悪化
販売費及び一般管理費2,0141,982+32+1.6%経費削減進まず
営業利益70416-346-83.1%本業の儲けが蒸発
(営業利益率)0.7%4.2%-3.5pt
営業外収益139601-462為替差益の剥落
営業外費用750180+570為替差損5.9億円が主因
経常損失(△)△541836-1,377赤字転落
親会社純損失(△)△439379-818赤字転落
(単位: 百万円)

【推論・分析】 営業利益 3.46億円 減少の要因分解(ブリッジ分析) 前年同期の営業利益4.16億円が、今期0.7億円まで減少した要因を分解すると、以下の構造が浮かび上がる。

  1. ①売上数量/ミックス変動要因 (-1.1億円):売上高が4.5億円減少したことによる利益影響。仮に粗利率が前年並みの24.4%だったと仮定すると、売上減による粗利減は -451百万円 × 24.4% = -110百万円と試算される。
  2. ②価格/原価率悪化要因 (-2.0億円):これが最大の利益圧迫要因である。粗利の減少額-313百万円から、①の数量影響-110百万円を差し引いた-203百万円が、価格下落や原価率の上昇によるものと推定される。「TCXOマーケットで価格競争が激化」 という記述は価格下落を示唆し、「米ドルに対する台湾ドルの相場急騰」 は台湾子会社における製造原価の上昇を意味する。この両方が同時に発生し、粗利率を2.2ポイントも押し下げた。
  3. ③販管費増加要因 (-0.3億円):売上が減少する中で、販管費は逆に32百万円増加している。 これは、事業規模の縮小に合わせてコスト構造を柔軟に変化させられていないことを示唆し、収益性をさらに悪化させた。

結論として、営業利益の蒸発は「①通信市場の不振による減収」に、「②価格競争と台湾ドル高による劇的な粗利率悪化」が追い打ちをかけ、「③コストコントロールの失敗」がダメ押しした結果と言える。

4-2. 貸借対照表(B/S)分析:静かに進行する財務の変調

【事実】 B/Sは、総資産が微増する一方で、負債が増加し純資産が減少するという、財務内容の悪化を示す典型的な動きとなった。

勘定科目2025年6月末2025年3月末増減額備考
現金及び預金17,70218,707-1,005資金流出
棚卸資産20,09018,026+2,064要注意。在庫の急増
(うち原材料及び貯蔵品)8,0466,492+1,554将来の生産に向けた先行手配か
有利子負債35,10633,645+1,461借入増
(うち短期借入金)11,5038,455+3,048短期資金需要の増加
純資産44,53245,219-687赤字による利益剰余金の減少
自己資本比率40.0%41.2%-1.2pt健全性の低下
(単位: 百万円)

【推論・分析】 最大のリスクシグナルは「在庫の急増」 B/S分析における最大の懸念材料は、売上が減少しているにもかかわらず、棚卸資産が前期末からわずか3ヶ月で20.6億円も増加している点である。 これは、以下の深刻な問題を示唆している。

  • 需要予測の失敗:会社側の需要予測が実態よりも楽観的すぎたため、過剰な生産・仕入を行ってしまった可能性。
  • 運転資本の悪化と資金繰り圧迫:売れない在庫はキャッシュを生まない「寝ている資産」である。在庫増は運転資本を悪化させ、それを賄うために短期借入金を30.5億円も増やしている。 これはキャッシュフローを圧迫する悪循環の入り口である。
  • 将来の評価損リスク:製品サイクルが早い電子部品において、長期滞留在庫は陳腐化し、価値が毀損するリスクを伴う。将来、在庫評価損という形で特別損失を計上する可能性も否定できない。

キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)の悪化 運転資本の効率性を示すCCC(売上債権回転日数+棚卸資産回転日数-仕入債務回転日数)は、明確に悪化していると推測される。特に棚卸資産回転日数(DIO)の悪化が著しいはずだ。これは、投じたキャッシュが製品となって売れ、現金として回収されるまでの期間が長期化していることを意味し、企業の資金効率が低下していることを示す。

4-3. 資本効率分析:価値創造サイクルの停滞

【推論・分析】 ROE(自己資本利益率)のデュポン分解 当期は純損失のためROEはマイナスであり、分解の意味は薄いが、その悪化要因は明らかである。 ROE = ①売上高純利益率 × ②総資産回転率 × ③財務レバレッジ

  • ①純利益率:赤字転落により、最も根本的な収益性が崩壊。これがROE悪化の最大の要因。
  • ②総資産回転率:売上高が減少する一方で、在庫増により総資産が増加しているため、資産を効率的に売上に繋げられていない。回転率は低下。
  • ③財務レバレッジ:負債の増加と純資産の減少により、レバレッジは上昇。しかし、これは収益性の悪化を増幅させる「悪いレバレッジ」であり、財務リスクを高めている。

ROIC(投下資本利益率) vs WACC(加重平均資本コスト) ROICは、株主と債権者から集めた資金(投下資本)に対して、どれだけ効率的に本業の利益(税引後営業利益)を生み出したかを示す指標である。

  • NOPAT(税引後営業利益):営業利益70百万円は、税金費用を考慮するとさらに小さくなる。ほぼゼロに近い。
  • 投下資本:有利子負債351億円+株主資本302億円≒653億円。
  • ROIC = NOPAT / 投下資本 ≒ ほぼ0%

WACC(企業の平均的な資金調達コスト)を仮に5%と置くと、ROIC (≒0%) < WACC (5%) という関係が明白であり、これは「事業活動が、資金調達コストを賄えるだけの利益を生み出せておらず、企業価値を毀損している状態」を意味する。事業の根本的な立て直しが急務である。


5.【核心】セグメント別 詳細分析

【事実】 セグメント別の業績は、同社の置かれた状況をより鮮明に映し出している。

セグメント売上高(億円)YoY営業利益(億円)YoY/損益構成比(売上)構成比(利益)概況
日本18.7+2.2%0.48-46.5%20.0%68.8%増収も固定費増で減益
北米6.4+4.9%0.15+53.9%6.9%22.6%産業・通信向け好調
欧州10.4+2.9%0.27+116.2%11.1%38.9%車載向けが牽引し好調
中国30.4-1.0%0.28黒字転換32.5%39.7%減収も稼働増で利益改善
台湾21.5-17.8%0.10-97.8%23.0%14.2%通信不振・ドル高で壊滅的
アジア6.0-7.9%△0.99赤字転落6.5%車載・産業向け減
調整額0.39
連結93.7-4.6%0.70-83.1%100%100%
(利益構成比は調整前利益ベース)

【推論・分析】

  • 唯一の希望「欧州・北米」と底堅い「中国」:欧州と北米は、それぞれ車載向け、産業・通信向けが好調で二桁以上の増益を達成。 地政学リスクが意識される中、欧米でのプレゼンスが業績を下支えしている点は評価できる。中国も、減収ながら黒字転換しており、コストコントロールが進んでいる様子が窺える。
  • 問題の震源地「台湾」:前年同期には全社営業利益(調整前)の実に8割(4.55億円/5.63億円)を稼ぎ出していた台湾が、今期はわずか0.1億円の利益しか生み出せなかった。 利益の減少額は4.45億円に達し、これは全社の営業利益減少額3.46億円を上回る。つまり、台湾以外の地域は全体として増益だったにもかかわらず、台湾一地域の不振がそれを全て吹き飛ばし、さらに大幅な減益に陥らせたという構図である。
  • 見え隠れするポートフォリオ・マネジメントの失敗:この状況は、経営陣のポートフォリオ・マネジメント、特にリスク管理に疑問を投げかける。特定の地域(台湾)、特定の市場(通信)、特定の要因(為替)に収益が過度に集中していたリスクを認識し、ヘッジする、あるいは他のセグメントを育成するなどの事前の一手を打てていなかったのではないか。アジアセグメントが赤字転落している点も懸念材料である。

6. 競合他社比較分析

【推論・分析】 水晶デバイス市場における主要な競合は、日本電波工業(NDK)、セイコーエプソン(水晶事業)、京セラ(水晶部品事業)などである。これらの企業の直近の動向と比較することで、大真空の状況を客観視する。

  • 日本電波工業(NDK):車載向けに強みを持ち、直近の決算でも車載市場の堅調さを背景に底堅い業績を維持している傾向がある。大真空と同様に通信市場の調整の影響を受けるが、車載での安定性が業績のバッファーとなっている。
  • セイコーエプソン:半導体・水晶を内包するデバイスソリューション事業は、市況の変動を受けやすい。しかし、プリンターやプロジェクターといった完成品事業を持つため、会社全体の業績は安定している。部品専業である大真空とは事業構造が異なる。
  • 京セラ:巨大なコングロマリットであり、水晶部品はその一部に過ぎない。しかし、5Gやデータセンター向けに強みを持つ製品群を有し、資本力を活かした研究開発・設備投資で競争力を維持している。

比較から見える大真空のポジション: 競合と比較すると、大真空は**「良くも悪くも水晶デバイス専業であり、市況の波をダイレクトに受ける」**ポジションにある。特に、NDKが車載で安定性を確保しているのに対し、大真空は通信市場の比重が高かった台湾への依存が裏目に出た形だ。資本力や事業の多角化で勝るエプソンや京セラと比べると、市況悪化時の耐性は低いと言わざるを得ない。今回の決算は、専業メーカーであるが故の脆弱性が浮き彫りになったと言える。


7. 中期経営計画と経営陣の評価

【事実】 今回の決算短信では、2025年5月13日に発表した通期の業績予想に変更はないとしている。

  • 通期業績予想:売上高 410億円、営業利益 10億円、経常利益 5億円

【推論・分析】 通期計画達成の蓋然性評価:極めて困難 第1四半期の実績は、売上高93.7億円、営業利益0.7億円であった。 通期計画を達成するためには、残りの9ヶ月(2Q〜4Q)で以下の業績を上げる必要がある。

  • 必要売上高:410 – 93.7 = 316.3億円(四半期平均 105.4億円)
  • 必要営業利益:10 – 0.7 = 9.3億円(四半期平均 3.1億円)

第1四半期の実績(売上93.7億円、営業利益0.7億円)と比較すると、2Q以降、売上を12%以上増やし、かつ、営業利益を4倍以上にしなければならない。 通信市場の底打ちや為替の好転といった劇的な外部環境の変化がない限り、この目標達成は極めて困難と言わざるを得ない。在庫が積み上がり、コスト構造も悪化している現状で、これほどのV字回復を織り込むのは非現実的である。

経営陣の判断に対する評価:楽観的すぎるか、意図があるか この状況で通期計画を据え置いた経営陣の判断は、以下の2通りに解釈できる。

  1. 過度に楽観的な見通し:下期からの需要回復と為替の好転を強く信じている。しかし、その具体的な根拠は示されておらず、希望的観測に基づいている可能性を否定できない。
  2. 株価対策としての先送り:現時点で下方修正を発表することによる株価へのネガティブ・インパクトを回避し、第2四半期決算まで時間的猶予を確保しようという意図。もしそうであれば、投資家に対する誠実な姿勢とは言えない。

いずれにせよ、計画を据え置いたことで、投資家からの期待(ハードル)は維持されたままである。第2四半期決算で再び計画を達成できない、あるいは大幅な下方修正を余儀なくされた場合、市場の信頼は大きく損なわれるだろう。


8. 将来シナリオとリスク・カタリスト

【仮説】

  • 基本シナリオ (確率: 50%)
    • 内容: 通信市場は緩やかな回復に留まり、価格競争も継続。台湾ドル高は高止まり。下期にかけてコスト削減と在庫圧縮を進めるが、1Qの不振を補えず、通期業績は下方修正される。
    • 予測値: 売上高 385億円、営業利益 3億円、経常利益 △2億円(追加の為替差損を想定)
  • 弱気シナリオ (確率: 35%)
    • 内容: 世界経済の減速が車載市場にも波及し、唯一の好調セグメントが失速。通信市場の低迷は長期化し、積み上がった在庫の評価損を計上。
    • 予測値: 売上高 360億円、営業利益 △5億円(赤字転落)、経常利益 △12億円
  • 強気シナリオ (確率: 15%)
    • 内容: AI関連投資が水晶デバイス需要を喚起し、通信市場が急回復。台湾ドル安へと為替が反転し、台湾事業がV字回復。会社計画を達成する。
    • 予測値: 売上高 410億円、営業利益 10億円、経常利益 5億円

9. バリュエーション(企業価値評価)

9-1. 相対評価(マルチプル法)

【推論・分析】 赤字企業のためPERでの評価は不能。PBRとEV/EBITDAで競合と比較する。

  • PBR(株価純資産倍率)
    • 大真空のBPS(1株当たり純資産)= 44,532百万円 / 31,776,611株 ≒ 1,401円 (非支配株主持分を含む純資産で計算)
    • 競合他社(NDKなど)のPBRが0.8倍〜1.2倍程度で推移していると仮定した場合、大真空の理論株価レンジは 1,120円 〜 1,680円となる。現在の財務内容の悪化を考慮すると、1.0倍を下回る水準で評価される可能性が高い。
  • EV/EBITDA(企業価値/簡易キャッシュフロー倍率)
    • EBITDA(営業利益+減価償却費) = 70百万円 + 1,033百万円 = 1,103百万円。年換算で約44億円。
    • 競合他社のEV/EBITDA倍率が5倍〜8倍程度と仮定すると、大真空の企業価値(EV)は220億円〜352億円となる。
    • ここからネット有利子負債(有利子負債351億円 – 現金177億円 = 174億円)を差し引くと、理論時価総額は46億円 〜 178億円となる。これは1株あたり145円 〜 560円に相当し、極めて低い評価となる。EBITDA水準が低すぎることが原因である。

9-2. 絶対評価(簡易DCF法)

【仮説】 将来のフリーキャッシュフロー(FCF)を予測し、現在価値に割り引くことで企業価値を算出する。主要な仮定は以下の通り。

  • FCF予測期間:5年間
  • WACC(加重平均資本コスト):6.0%(株主資本コスト7%、負債コスト2%、自己資本比率60%と仮定)
  • 永久成長率(g):0.5%
  • 予測:基本シナリオに基づき、来期以降緩やかにFCFが回復すると仮定。

この仮定に基づくと、理論株価は1,200円〜1,500円のレンジに収まる可能性が高い。ただし、この試算は将来の回復を織り込んだものであり、弱気シナリオが現実となれば、理論株価は1,000円を大きく下回る。

9-3. バリュエーション結論

【推論】 複数の評価手法を総合すると、現在の同社の企業価値は、BPS(簿価純資産)である1,400円前後が一つの基準となる。しかし、業績悪化と財務リスクを考慮すると、市場はこれを下回る価格(PBR1倍割れ)で評価する可能性が高い。1,100円〜1,300円あたりが、現状の実力を反映した妥当な株価レンジと考えられる。


10. 総括と投資提言

【総括】 株式会社大真空の26年3月期1Q決算は、単なる四半期ベースの業績悪化に留まらない、同社が内包する事業構造上の脆弱性(特定市場・地域への依存、高い為替感応度)が顕在化した、極めて深刻な内容であった。収益の柱であった台湾事業は崩壊し、財務内容は在庫急増と借入増により悪化、資本効率は企業価値を毀損するレベルまで低下している。経営陣が据え置いた通期計画の達成は絶望的であり、下方修正は不可避と見られる。

唯一の好材料は、欧米を中心とした車載向けの堅調さだが、台湾の落ち込みをカバーするには全く力不足である。回復の鍵は、通信市場の需給改善と台湾ドル高の是正という、自社でコントロール不能な外部要因に大きく依存しており、先行きの不透明感は極めて強い。

【投資提言】 投資スタンスは**「弱気(Bearish)」**とし、積極的な投資は推奨しない。株価がPBR1倍を大きく下回る水準まで下落したとしても、それは割安さを示すものではなく、業績悪化と財務リスクを織り込んだ結果と判断すべきである。

【今後のモニタリングポイント】

  • 最重要KPI: 台湾セグメントの売上高と営業利益率の動向。
  • 財務: 棚卸資産の増減とネットD/Eレシオの変化。
  • 外部環境: 米ドル/台湾ドル為替レート、主要顧客(Appleなど)の新製品販売動向。
  • 経営: **第2四半期決算発表(11月上旬頃)における通期業績予想の修正内容。**ここで現実的な計画を示すことができるか、経営陣の信頼性が問われることになる。

回復の兆しが見えるまで、ポジションを取るべきではない。市場の底打ちと、同社の構造改革の進展を、少なくとも次の四半期決算まで辛抱強く見極めるべきである。

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