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株式会社カイオム・バイオサイエンス(4583):赤字縮小の裏に潜む時間との戦い。パイプラインの価値顕在化とIDDビジネスの離陸が待たれる正念場

目次

1. エグゼクティブ・サマリー(結論ファースト)

  • 投資スタンス:中立(弱気バイアス)
    • 確信度:60%
    • PFKR導出で証明された事業開発能力と、CBA-1205/1535の臨床進捗は評価するものの、慢性的なキャッシュバーンとそれに伴う希薄化リスクが株価の本格的な上昇を抑制すると判断。成功時のアップサイドは大きいが、収益化までの道のりは依然として長く不確実性が高い。ポートフォリオにおける投機的なサテライトポジションとしての検討に留めるべきと考える。
  • 3行サマリー
    • 何が起きたのか: 2025年12月期2Q決算は、創薬支援事業が堅調な利益率を維持し、研究開発費の減少(前年同期比△51百万円)を主因に営業赤字(△536百万円)が縮小した 。
    • なぜそれが重要なのか: 赤字縮小はポジティブだが、本質はキャッシュバーンの継続(半年で約6.7億円の営業CFマイナス)であり、追加調達なしでの事業継続期間は約1年半~2年と試算される 。主力パイプラインの価値を最大化し、次なる収益源を確保するまでの「時間との戦い」が激化していることを示唆する。
    • 次に何を見るべきか: ①主力パイプライン(CBA-1205, CBA-1535)の次期臨床データ発表と導出に向けた具体的な進展、②IDDビジネス及びバイオシミラー事業におけるマイルストーン等の一時金収入の実現時期と規模、③四半期毎のキャッシュバーンと資金調達のタイミング。
  • 主要カタリストとリスク
    • ポジティブ・カタリスト(上昇要因)
      1. CBA-1205/CBA-1535の良好な臨床第1相データ発表: 特に、CBA-1205のメラノーマ/小児がん、CBA-1535の単剤投与での明確な薬効シグナル(部分奏功:PRなど)が確認されれば、導出期待が飛躍的に高まる。
      2. 大手製薬企業への大型ライセンス契約締結: PFKR(契約一時金2億円、最大総額約250億円)を上回る規模の契約が、PCDCやPTRY等の後続パイプラインで実現すれば、財務基盤は劇的に改善する 。
      3. IDD/バイオシミラー事業の早期収益化: 厚労省の助成事業にも採択されたバイオシミラー事業や、SRDとの提携を含むIDDビジネスから、想定を上回る規模のアップフロント収入やマイルストーン収入が早期に発生する 。
    • ネガティブ・リスク(下落要因)
      1. 臨床試験の失敗または期待外れな結果: 主力パイプラインで予期せぬ重篤な有害事象(SAE)が発生、または期待された薬効が確認できず、開発計画が中止・中断される。
      2. 継続的なキャッシュバーンと大規模な希薄化ファイナンス: パイプラインの進捗が遅れ、導出による資金獲得ができないままキャッシュが枯渇し、株価に大きな下方圧力を与える大規模な第三者割当増資や新株予約権の発行を余儀なくされる。
      3. 競合の台頭と技術の陳腐化: 同一または類似の標的分子(DLK-1, 5T4, CDCP1等)に対する競合製品の開発が先行し、カイオムのパイプラインの市場価値や競争優位性が著しく低下する。

2. 事業概要とビジネスモデルの深掘り

当社は、独自の抗体創薬技術プラットフォームを核に、二つの伝統的事業と一つの新興事業を展開する研究開発型バイオベンチャーである。

  • ① 創薬事業(ハイリスク・ハイリターン): アンメットメディカルニーズが存在する疾患領域(主としてがん)に対し、自社開発または共同研究を通じて治療用抗体医薬品候補を創出。これを製薬企業等にライセンスアウトし、その対価として契約一時金、開発の進捗に応じたマイルストン収入、上市後の売上に応じたロイヤルティ収入を獲得する。当社の成長を牽引するエンジンであるが、成功確率は低く、長期の研究開発投資が先行する。
  • ② 創薬支援事業(ローリスク・ローリターン): 製薬企業や研究機関からの受託で、ADLib®システム等を活用した抗体作製やタンパク質調製サービスを提供し、安定的な役務収益を得る 。全社の研究開発費を賄うには至らないが、貴重なキャッシュフロー源であり、技術力のショーケースとしての役割も担う。
  • ③ IDDビジネス(ミドルリスク・ミドルリターン): 近年立ち上げたハイブリッド型モデル。自社の創薬研究から臨床開発に至る広範な知識・経験(Intelligence)を活かし、パートナー企業の創薬プロジェクトに深く関与 。単純な受託に留まらず、共同で研究開発を推進し、その成功に応じてマイルストーン収入などを獲得する 。創薬事業と創薬支援事業の中間的なリスク・リターン特性を持ち、収益構造の多角化と安定化を目指す戦略的な一手と評価できる 。

収益モデルの構造:

当社の企業価値は、以下の数式で構成される将来キャッシュフローの現在価値の総和として捉えることができる。

企業価値=∑t=1n​(1+WACC)tCFt​​

ここで、各期のキャッシュフロー(CF)は以下のように分解される。

CFt​=(創薬支援事業CFt​)+(IDD事業CFt​)+(創薬事業CFt​)−(全社共通管理費CFt​)

  • 創薬支援事業CF: ∑(顧客単価×案件数)−(関連費用)
    • 強み: 既存顧客との継続取引に加え、新規顧客獲得も進んでおり 、50%を超える高い利益率を誇る 。
    • 脆弱性: 市場規模が限定的で、この事業単独での飛躍的な成長は見込み難い。IDDビジネスへのリソースシフトにより、売上は保守的な計画となっている 。
  • IDD事業CF: ∑(契約一時金i​+開発マイルストンi,t​)
    • 強み: 創薬事業よりも早期のキャッシュインが期待できる。バイオシミラー事業では国策支援の追い風も受けている 。
    • 脆弱性: パートナー企業との共同事業であるため、自社単独で開発の進捗をコントロールできない側面がある。
  • 創薬事業CF: ∑(契約一時金j​+開発マイルストンj,t​+販売ロイヤルティj,t​)×(成功確率j​)
    • 強み: 成功した場合のリターンが極めて大きい。PFKR導出で事業開発能力を証明済み 。
    • 脆弱性: 収益化の不確実性が極めて高く、先行投資が莫大。主力パイプラインはまだ臨床初期段階にあり、キャッシュインまでには長い時間を要する。

競争環境:

当社の競争相手は、個々のパイプラインの標的分子ごとに存在する。例えば、CBA-1205(抗DLK-1抗体)はファーストインクラス候補であり直接的な競合は少ないが 、CBA-1535(5T4xCD3)やPCDC(抗CDCP1 ADC)などは、世界中のバイオテクノロジー企業や大手製薬会社が類似のT-cell engagerやADCの開発で激しい競争を繰り広げている。当社の優位性は、ADLib®やTribody®といった独自の抗体創製・改変技術 と、探索から臨床開発までをアジャイルに推進できる組織体制にある

3. 【最重要】業績ハイライトと徹底的な財務分析

2025年12月期 第2四半期(中間期) 決算概要

| (百万円) | 2025年2Q実績 | 2024年2Q実績 | 増減額 | 増減率 | | :— | :— | :— | :— | :— |

| 売上高 | 251 | 263 | △11 | △4.5% | | 売上総利益 | 138 | 134 | +4 | +3.0% |

| 販管費 | 675 | 715 | △40 | △5.6% | | (うち研究開発費) | 395 | 446 | △51 | △11.4% |

| 営業損失 | △536 | △581 | +44 | 赤字縮小 |

| 経常損失 | △539 | △563 | +24 | 赤字縮小 |

| 中間純損失 | △540 | △563 | +23 | 赤字縮小 |

(出典: )

P/L分析:赤字縮小は「費用の期ズレ」か「効率化」か

当第2四半期の業績は、売上高が前年同期比4.5%減の251百万円となった一方、営業損失は536百万円と、前年同期の581百万円から44百万円改善した 。この赤字縮小の背景を、営業利益のブリッジ分析で解き明かす。

営業利益ブリッジ分析(前年同期比)

  • 前年同期 営業損失: △581百万円
  • ① 売上・原価率変動要因: +4百万円
    • 売上高は11百万円減少したが、売上原価が16百万円減少したことで、売上総利益は4百万円増加した 。これは創薬支援事業における粗利率が50.9%から55.2%へと改善したことを意味し、収益性の向上努力が伺えるポジティブな要因である。
  • ② 販管費変動要因: +40百万円
    • 研究開発費の減少:+51百万円
      • 研究開発費が446百万円から395百万円へと51百万円減少したことが、赤字縮小の最大の貢献要因である 。決算短信では「主に臨床開発関連費用の計上額が前年同期よりも減少した」 、補足資料では「高額設備費等の減少」 と説明されている。これが戦略的な費用効率化の結果なのか、あるいは単なる費用の支払いタイミングの期ズレや開発計画の遅延に起因するものなのかは、今後の推移を注視する必要がある。
    • その他販管費の増加:△10百万円
      • 研究開発費以外の一般管理費は269百万円から279百万円へと増加しており 、コスト削減一辺倒ではないことがわかる。
  • 当期 営業損失: △536百万円

結論として、2Qの赤字縮小は、創薬支援事業の利益率改善という小さなポジティブと、研究開発費の減少という大きな要因によってもたらされた。 後者については、本質的な収益力向上とは言い難く、手放しでは喜べない。むしろ、将来の収益源であるパイプライン開発のペースが鈍化している可能性も念頭に置くべきである。

B/S分析:キャッシュ減少が示す「時間」の制約

(百万円)2025年6月末2024年12月末増減額
流動資産1,8302,337△507
(うち現預金)1,4742,063△588
固定資産132131+1
総資産1,9622,468△506
負債合計443548△105
純資産合計1,5191,920△401
自己資本比率76.9%77.4%△0.5pt
(出典: )

資産サイドの最大の変動は、

現預金が半年間で588百万円も減少したことである 。純資産も中間純損失540百万円の計上により401百万円減少した 。自己資本比率は76.9%と依然として高い水準を維持しているが、これは有利子負債が少ない赤字バイオベンチャー特有の構造であり、財務の健全性を直接示すものではない

【重要】運転資本(CCC)の分析:

創薬支援事業におけるキャッシュ効率を見るため、CCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)を算出する。

  • 売上高(年間換算): 251百万円 × 2 = 502百万円
  • 売上原価(年間換算): 112百万円 × 2 = 224百万円
  • DSO(売上債権回転日数): 39百万円 / (502/365日) ≒ 28.4日
  • DIO(棚卸資産回転日数): 46百万円 / (224/365日) ≒ 74.8日
  • DPO(仕入債務回転日数): 36百万円 / (224/365日) ≒ 58.7日
  • CCC = DSO + DIO – DPO = 28.4 + 74.8 – 58.7 = 44.5日

CCCは約45日であり、運転資本がキャッシュを消費する構造となっている。特に棚卸資産回転日数が75日と長い点が懸念される。創薬支援の仕掛品等の性質上、ある程度の期間は必要と想定されるが、長期滞留による陳腐化リスクには注意が必要である。

キャッシュフロー(C/F)分析:営業CFのマイナスが示す厳しい現実

  • 営業活動CF: △673百万円
    • 税引前中間純損失(△538百万円)を大幅に上回るキャッシュアウトとなっている 。これは、未払金の減少(75百万円)などが重石となったためであり、利益の質(アクルーアル)が低いことを示している 。半年間で約6.7億円の本業キャッシュが流出しているという事実が、当社の置かれた厳しい状況を最も雄弁に物語っている。
  • 投資活動CF: 0百万円
    • 大規模な設備投資はなく、研究開発は既存の設備と外部委託で進められていることがわかる。
  • 財務活動CF: +84百万円
    • 新株予約権の行使による収入が唯一のキャッシュインであり、これがなければ現預金の減少はさらに深刻であった 。継続的な株式価値の希薄化と引き換えに、事業を継続している構図である。

キャッシュ残高1,474百万円に対し、半年間の営業CFが△673百万円。単純計算で、外部からの資金調達がなければ、残された時間は1年半を切る可能性がある。

資本効率性の評価:価値創造に向けた先行投資フェーズ

  • ROIC vs WACC: 営業損失であるため、NOPAT(税引後営業利益)がマイナスとなり、ROIC(投下資本利益率)も当然マイナスである。資本コスト(WACC)を賄うどころか、投下した資本を毀損している「価値破壊」の状態にある。これは全ての研究開発型バイオベンチャーが通過するフェーズであり、現時点でROICの数値を議論することに実益はない。重要なのは、現在の先行投資(研究開発費)が、将来WACCを大幅に上回るROICを生み出すパイプラインへと繋がるか、その確度である。
  • ROEデュポン分解: こちらも純損失のためROEはマイナス。将来の黒字化を見据えた構造分析に留める。ROE = 純利益率 × 総資産回転率 × 財務レバレッジ
    • 当社の課題は、まず「純利益率」をプラスに転換すること。そして、黒字化後は、少ない資産で大きな売上を上げる「総資産回転率」の向上がROEを高める鍵となる。現在の財務レバレッジは低いが、将来の成長投資のためにデットファイナンスの活用も視野に入る可能性がある。

4. 【核心】セグメント情報の徹底解剖

① 創薬事業:希望を繋ぐパイプラインの進捗

  • 業績: 売上収益なし、セグメント損失395百万円(前年同期は446百万円の損失) 。損失額は研究開発費そのものである。
  • 進捗ハイライト:
    • CBA-1205 (抗DLK-1抗体): 臨床第1相試験が進行中 。前半パートで登録されたメラノーマ患者において、48ヶ月を超える長期の病状安定(SD)が継続中という事実は、特筆すべきポジティブ材料である 。後半パートでは肝細胞がんでの部分奏功(PR)も1例確認されており 、有効性への期待を高めている。新たに小児がんパートの追加を検討している点も、適応拡大によるパイプライン価値向上戦略として評価できる 。
    • CBA-1535 (Tribody®): こちらも臨床第1相試験が進行中 。現時点で重篤な懸念はなく、コンセプトであるT細胞活性化を示すバイオマーカーの変化が見え始めていることは、PoC(Proof of Concept)確立に向けた一歩前進と言える 。単剤でのデータ拡充により早期導出の可能性を探る戦略は、リスク管理の観点から合理的である 。
    • 導出実績と後続パイプライン: 2024年11月の旭化成ファーマへのPFKR導出は、当社の創薬・事業開発能力を証明する重要なマイルストーンである 。この成功体験を、PCDC(ADC)、PTRY(多重特異性抗体)といった後続パイプラインで再現できるかが、中期的な成長の鍵を握る。

② 創薬支援事業:高収益を維持するも成長は限定的

  • 業績: 売上高251百万円(前年同期比△4.5%)、セグメント利益138百万円(同+3.0%) 。減収ながら増益を確保し、セグメント利益率は55.2%と目標(50%)を上回る高水準を達成した 。
  • 評価: 日東紡や持田製薬といった新規顧客を獲得し、顧客基盤の拡大に努めている点は評価できる 。しかし、事業規模は年間5億円程度に留まり、年間8-10億円規模の研究開発費をカバーするには全く不十分である。経営陣もこの限界を認識しており、IDDビジネスへのリソース投入のために2025年予想を保守的としていることから 、今後は安定収益源としての役割に徹し、大きな成長ドライバーとはならない見込み。

ポートフォリオ・マネジメントの評価

創薬支援で足元を固め、創薬で大きな飛躍を狙う従来の二本柱戦略から、中間のリスク・リターン特性を持つIDDビジネスを加えて三本柱に進化させようという経営の意思は明確である 。特に、アルフレッサHD、キッズウェル・バイオ、Mycenaxと連携したバイオシミラー事業は、国の助成事業採択という強力な後押しもあり 、従来の創薬事業より確度の高い収益源となる可能性がある。このポートフォリオ変革が、収益構造の安定化と企業価値向上に繋がるか、経営陣の実行力が問われる。

5. 経営計画の進捗と経営陣の評価

2025年12月期の通期業績予想は、「創薬支援事業の売上高500百万円」のみが開示されており、全社ベースの利益計画は「算定困難」として非開示である

  • 進捗評価: 創薬支援事業の2Q累計売上高は251百万円であり、通期計画500百万円に対する進捗率は50.2% 。計画通りの進捗であり、経営陣の需要予測能力は一定の信頼がおける。
  • 経営陣の評価:
    • ポジティブ面: PFKRの導出成功は、藤原社長(当時、現CSO)を中心とした事業開発チームの高い専門性と実行力を証明した。また、現状に安住せず、IDDビジネスやバイオシミラーといった新たな収益機会を積極的に模索する姿勢は、事業環境の変化に対応しようとする意志の表れであり評価できる。
    • 課題面: 最大の課題は、やはり資金繰りである。継続的な赤字とキャッシュアウトに対し、これまでは新株予約権の行使といった希薄化を伴う手法に頼らざるを得なかった 。今後は、パイプラインの価値を的確に市場に伝え、非希薄化(ライセンス収入等)または、より有利な条件での資金調達を実現するIR/財務戦略の巧拙が、企業価値を大きく左右する。創薬事業の収益見通しが「算定困難」であることは理解できるが、投資家との対話において、各パイプラインが持つ潜在的な価値(ターゲット市場規模、想定ロイヤリティ、リスク調整後の価値等)について、より踏み込んだ情報開示が期待される。

6. 将来シナリオと株価のカタリスト/リスク

今後12~24ヶ月の業績と株価動向について、3つのシナリオを想定する。

  • 基本シナリオ(確率:50%)
    • 前提: 創薬支援事業は年5億円程度の売上を維持。研究開発投資は年間8億円規模で継続し、同規模の営業赤字が続く。CBA-1205/1535の開発は現行計画通り進むが、ブレークスルーとなるようなデータは得られず、導出交渉は長期化。IDD/バイオシミラー事業からの収益貢献は2026年以降。
    • 業績予測: 2025-2026年も年間8-10億円規模の営業赤字が継続。
    • 株価動向: 現状の株価レンジで推移。キャッシュ残高の減少に伴う希薄化懸念が上値を抑える。2026年中に次の資金調達が必要となる可能性が高い。
  • 強気シナリオ(確率:20%)
    • 前提: 2026年前半までに、CBA-1205またはCBA-1535の臨床試験で極めて良好な結果(例:特定のがん種で30%以上の奏効率)が発表される。これをカタリストに、国内外の大手製薬企業とPFKRを上回る一時金(例:3-5億円以上)と総額(例:300億円以上)の導出契約を締結。
    • 業績予測: 契約一時金収入により、契約締結四半期は大幅な黒字化を達成。キャッシュポジションが劇的に改善し、2-3年間の財務基盤が安定。
    • 株価動向: 導出期待の高まりと契約発表で株価は数倍に上昇するポテンシャルを秘める。
  • 弱気シナリオ(確率:30%)
    • 前提: 主力パイプラインの臨床試験で安全性の問題が浮上、または有効性が示せずに開発が中止・中断される。後続パイプラインの導出活動も不調に終わり、将来のキャッシュイン期待が完全に剥落。
    • 業績予測: 創薬事業からの収入見込みがなくなり、創薬支援事業の利益だけでは事業継続が困難な状況が鮮明になる。
    • 株価動向: 将来性への失望から株価は大幅に下落。事業継続のために、大幅な希薄化を伴うファイナンスや、事業のリストラクチャリングを迫られる。

7. バリュエーション(企業価値評価)

赤字の研究開発型バイオベンチャーである当社に、PERやPBRといった伝統的な指標を適用することは適切ではない。企業価値は、将来創出されるであろうパイプラインの価値に大きく依存するため、そのポテンシャルを評価する必要がある。

  • 相対評価法(類似企業比較): 同様に臨床開発段階(フェーズ1/2)にある他のバイオベンチャーの時価総額を比較することが参考になる。比較の際は、単純な時価総額だけでなく、「パイプラインの数」「対象市場規模」「技術プラットフォームの独自性」「経営陣の実績(導出経験の有無)」などを総合的に勘案する必要がある。当社のPFKR導出実績は、他社比較においてプレミアム要因となりうる。
  • 絶対評価法(rNPV法の概念): 当社の理論価値は、各パイプラインのリスク調整後現在価値(rNPV)の合計と、事業の継続コスト(将来のキャッシュバーンの現在価値)の差し引きで考えるのが合理的である。理論企業価値 ≒ Σ (各パイプラインのrNPV) + (創薬支援/IDD事業価値) – (将来の営業赤字の現在価値)
    • PFKR: 旭化成ファーマから将来得られるマイルストン(最大約248億円)とロイヤルティを、開発ステージに応じた成功確率(例えば20-30%)と割引率で現在価値に割り引くことで、数十億円規模の価値が算出される可能性がある。
    • CBA-1205/1535: これらはまだ臨床第1相段階であり、最終的な上市成功確率は10%未満と見積もるのが一般的。しかし、ターゲットとする市場規模が大きいため、仮に上市できた場合の潜在的な価値は大きい。この「大きな潜在価値 × 低い成功確率」の積が、現在の企業価値の根幹をなしている。
    • 結論: 現在の時価総額は、PFKRの導出価値と、CBA-1205/1535が持つオプション価値(成功への期待権)、そして数年分の運転資金を織り込んだ水準と解釈できる。株価がここから大きく上昇するには、この「成功確率」を引き上げるような、明確なポジティブイベントが必要不可欠である。

8. 総括と投資家への提言

株式会社カイオム・バイオサイエンスは、**「実績ある事業開発能力」「将来性豊かなパイプライン」という投資魅力を持ちながら、「慢性的なキャッシュバーン」**というバイオベンチャーの宿命的な課題に直面している、まさに正念場の企業である。

2Q決算での赤字縮小は表面的な現象に過ぎず、その本質は半年で6億円を超えるキャッシュが流出している厳しい現実である。残された時間は決して多くはなく、経営陣は時間との戦いを強いられている。

核心的な投資魅力:

  1. 証明済みの事業開発能力: 旭化成ファーマへのPFKR導出は、単なる研究開発だけでなく、その成果をビジネスディールに結びつける能力があることを証明した。これは他の多くのバイオベンチャーが持たない強力なアドバンテージである。
  2. 多角的な成長戦略: 従来の創薬・創薬支援に加え、IDDビジネス、特に国策の追い風を受けるバイオシミラー事業へとポートフォリオを拡大し、リスク分散と収益源の多様化を図る戦略は合理的である。

最大の懸念事項:

  1. 資金繰りと希薄化リスク: パイプラインが結実するまでの間、研究開発費を賄うための資金調達が継続的に必要となる。非希薄化資金(ライセンス収入)を確保できない限り、既存株主の価値を毀損するエクイティファイナンスが繰り返されるリスクは常に存在する。

投資家への提言:

現時点での投資スタンスは**「中立(弱気バイアス)」**とする。主力パイプラインの価値が顕在化するまでにはまだ時間を要し、それまでのキャッシュバーンと不確実性が株価の重石となるだろう。しかし、強気シナリオが現実となれば株価は爆発的な上昇を見せる可能性も秘めており、ハイリスク・ハイリターンを許容できる投資家にとっては、ポートフォリオの一部で投機的に保有を検討する価値はある。

投資家が今後、当社の企業価値を見極める上で注視すべき最重要KPIは以下の3点である。

  1. キャッシュ・バーン・レート(四半期毎の営業CF): 企業の生命線であるキャッシュの減少ペース。これが想定以上に速まるようであれば、危険信号と捉えるべき。
  2. 臨床試験のトップラインデータ: 特にCBA-1205とCBA-1535について、次の学会やプレスリリースで発表される有効性(奏効率など)と安全性のデータ。これが株価を動かす最大のカタリストとなる。
  3. IDDビジネスの契約状況: 口頭での期待感だけでなく、具体的な提携先の名前、契約一時金やマイルストンの金額といった、キャッシュフローに直接影響を与える契約の締結が発表されるか。これが実現すれば、当社の収益構造は新たなステージに入る。
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