1. エグゼクティブ・サマリー(結論ファースト)
投資スタンス:中立(確信度:65%)
フリー株式会社(以下、「同社」)の2025年6月期決算は、長年の先行投資フェーズを経て、ついに営業利益の黒字化を達成した画期的な期であったと評価できます 。売上高は前年同期比30.8%増と引き続き高成長を維持し、成長性と収益性の両立に向けた重要な一歩を踏み出しました 。しかし、その黒字化の質、および今後の利益成長の持続性には、まだ不確実性が残ります。特に、売上高成長の鈍化傾向が続く中で、販管費の最適化と事業効率の向上がどこまで実現できるかが、今後の評価の分かれ目となります。
3行サマリー:
- 何が起きたのか: 同社は2025年6月期に売上高30.8%増の高成長を維持しつつ、営業利益の黒字化を達成しました 。これは、長年の先行投資がようやく実を結び始めたことを示唆します 。
- なぜそれが重要なのか: これまでSaaS事業の特性上、先行投資による赤字が常態化していましたが、今後は利益創出フェーズへと移行し、自己資本での成長や株主還元といった新たな選択肢が現実的になります 。
- 次に何を見るべきか: 2026年6月期の売上高成長率が計画通りに推移するか、そして販管費管理を徹底し、利益率をどの程度改善できるか。特に、ユーザー数の増加率とARPUの成長率のバランスに注目すべきです 。
主要カタリストとリスク:
- ポジティブ・カタリスト:
- 調整後営業利益の継続的な改善: 2026年6月期に調整後営業利益が計画レンジ(2,460~2,500百万円)の上限を達成、さらに上方修正に至る場合、市場の収益性改善への期待が高まるでしょう 。
- AI活用によるさらなる生産性向上: 営業活動におけるAI活用が「AIトランスフォーメーション賞」を受賞したように、今後もAIを開発や管理部門に本格導入し、効率改善が進めば、利益率のさらなる向上が期待できます 。
- M&Aシナジーの早期発現: クラウド連結会計ソフト「結/YUI」やネット予約サービス「freee予約」といったM&Aによるプロダクト拡充が、クロスセルや新たな顧客層獲得に繋がり、ARPUの飛躍的な向上をもたらす可能性があります 。
- ネガティブ・リスク:
- 売上高成長率の鈍化: 2026年6月期の売上高予想成長率が23.0%~25.0%と、2025年6月期の実績30.8%を下回る見込みであり、先行投資の回収ペースが市場の期待を下回る可能性があります 。
- 販管費の再増加: 営業利益黒字化の背景には、販管費の効率化が大きく寄与していますが、競合の攻勢や新たな市場開拓のために再びマーケティング費用等が増加し、利益率が圧迫されるリスクがあります 。
- マクロ経済の不確実性: スモールビジネスを主要顧客とする同社は、景気後退局面においては新規開業率の低下や既存顧客の事業縮小に伴う解約リスクに晒される可能性があります。
2. 事業概要とビジネスモデルの深掘り
同社の事業は、主に
スモールビジネス(個人事業主と従業員が1,000名以下の法人)を対象としたクラウドERP(Enterprise Resource Planning)サービスの提供です 。主要サービスである「freee会計」と「freee人事労務」を中心に、請求書、マイナンバー、会社設立、融資サポートなど、バックオフィス業務を統合的に管理できるプラットフォームをSaaS(Software as a Service)形式で提供しています 。
ビジネスモデルの評価: 同社の収益モデルは、売上高 = 有料課金ユーザー企業数 × ARPU(1ユーザーあたりの平均売上単価)と単純化できます 。
このモデルの最大の強みは、
ストック型収益モデルであることです 。一度ユーザーを獲得すれば、継続的に利用料が積み上がるため、収益基盤が安定します 。さらに、会計や人事労務といった基幹業務を担うソフトウェアは、一度導入すると他社製品への乗り換えが極めて困難になる
高いスイッチングコストを顧客に課すことができます。これは、長期間にわたる安定したキャッシュフローを生み出す強力な競争優位性となります。 一方で、脆弱性も存在します。ARPUはユーザー数と並んで成長の重要なドライバーですが、単なる値上げだけでは限界があります。ARPUを向上させるには、既存顧客に上位プランへのアップグレードを促したり、新たな有料サービス(例えば「freee創業融資サポート」など)をクロスセルしたりする必要があります 。この戦略が失敗した場合、ユーザー数の増加が鈍化すれば、売上高成長そのものにブレーキがかかることになります。
競争環境: 同社の主要な競合は、同じくクラウド会計市場でしのぎを削る株式会社マネーフォワードや、長年にわたり中小企業向け会計ソフト市場で確固たる地位を築いてきた株式会社弥生です。
- マネーフォワードとの比較では、両社とも幅広いバックオフィスサービスをSaaSで提供する点で類似していますが、マネーフォワードは個人向け資産管理アプリ「マネーフォワード ME」で大規模なユーザー基盤を構築している点が強みです。一方、同社はより統合的なERPプラットフォームとしての「freee」のブランド力に強みがあります。
- 弥生との比較では、弥生は長年の実績とデスクトップ型ソフトウェアからの移行顧客を多く抱えている点が強固な基盤となっています。しかし、同社はクラウドネイティブなサービスとして、リアルタイム連携やモバイル対応といった点で優位性を持ち、新たな顧客層(特に若年層の起業家や個人事業主)を獲得しやすいポジションにあります。
3. 【最重要】業績ハイライトと徹底的な財務分析
P/L分析
項目 | 2025年6月期(百万円) | 2024年6月期(百万円) | 前期比増減(百万円) | 前期比増減率(%) |
売上高 | 33,270 | 25,430 | +7,840 | +30.8% |
調整後営業利益 | 1,885 | △7,562 | +9,447 | – |
営業利益 | 610 | △8,386 | +8,996 | – |
経常利益 | 412 | △8,638 | +9,050 | – |
親会社株主に帰属する当期純利益 | 1,370 | △10,150 | +11,520 | – |
*上記データは、決算短信の連結経営成績表から抜粋・集計 。調整後営業利益は、決算短信の注記を参照し、営業利益に株式報酬費用、M&Aに伴う無形資産の償却費用、その他一時費用を加算して算出 。 |
営業利益のブリッジ分析(2024年6月期から2025年6月期へ):
- 前期営業利益: △8,386百万円
- ①売上増による利益貢献: 売上高の増加額7,840百万円と売上総利益率(当期実績:82.2%)から、売上増による利益貢献は約6,444百万円と推計されます 。
- ②原価率改善による利益貢献: 売上原価率は前期17.4%から当期17.8%と若干上昇しており、これは利益圧迫要因です 。原価率の悪化分は、売上高に対して約133百万円のマイナス影響と試算されます。
- ③販管費の削減/効率化による利益貢献: 販管費は前期29,378百万円から当期26,750百万円へと2,628百万円の大幅削減となりました 。これは営業利益改善の最大の要因であり、この販管費の効率化が黒字化を牽引しました。
- 当期営業利益: 610百万円
- 純変動額: 6,444百万円(売上増) – 133百万円(原価率悪化) + 2,628百万円(販管費削減) = +8,939百万円。これは実際の営業利益改善額8,996百万円とほぼ一致します 。
収益性の深掘り: 営業利益の黒字化は、SaaSビジネスの典型的な成長軌跡に沿ったものです 。先行投資フェーズでは売上成長を最優先するため、マーケティングや開発費用が膨らみ赤字が常態化しますが、売上高が一定規模を超えると、固定費である開発費用が相対的に小さくなり、収益性が改善します。今回の黒字化は、まさにこの**「ティッピングポイント」**を超えたことを意味します 。
注目すべきは、売上高成長が30.8%と依然高水準であるにもかかわらず、販管費が2,628百万円も削減された点です 。決算短信では、この要因として「主に営業活動でのAI活用による生産性向上」を挙げており、効率的な顧客獲得モデルが確立されつつあることを示唆しています 。この傾向が続くのであれば、利益率のさらなる改善が期待できます。
B/S分析
項目 | 2025年6月期末(百万円) | 2024年6月期末(百万円) | 増減(百万円) |
総資産 | 52,595 | 39,953 | +12,642 |
純資産 | 19,663 | 16,952 | +2,710 |
自己資本比率 | 37.1% | 42.0% | -4.9pt |
*上記データは、決算短信の連結財政状態から抜粋・集計 。 |
総資産は前年比で12,642百万円増加し、中でも**現金及び預金(+4,038百万円)、ソフトウェア(+2,547百万円)、立替金(+1,693百万円)**の増加が目立ちます 。
負債合計は9,931百万円増加し、**短期借入金(+4,900百万円)と前受収益(+3,308百万円)**の増加が主な要因です 。前受収益の増加は、将来の売上を先に受け取っていることを意味するため、SaaS企業にとっては健全な成長の証と見なせます 。しかし、短期借入金の大幅な増加は、今後の資金調達戦略を注視する必要があることを示唆しています 。
運転資本の分析とCCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル): CCCは、企業がキャッシュを投下してから、それを現金として回収するまでの期間を示す指標です。
- 売上債権回転日数(DSO): (売上債権 ÷ 売上高) × 365日
- 2025年6月期:(3,619 ÷ 33,270) × 365 = 39.7日
- 2024年6月期:(2,679 ÷ 25,430) × 365 = 38.4日 → DSOはわずかに増加しており、売上債権の回収に若干時間がかかっていることを示唆します。
- 棚卸資産回転日数(DIO): (棚卸資産 ÷ 売上原価) × 365日
- 2025年6月期:(棚卸資産の記載なし) → 同社はSaaS企業であり、物理的な製品の在庫を持たないため、この指標は適用できません。
- 仕入債務回転日数(DPO): (仕入債務 ÷ 売上原価) × 365日
- 2025年6月期:(未払金1,956 ÷ 5,909) × 365 = 120.6日
- 2024年6月期:(未払金1,053 ÷ 4,439) × 365 = 86.7日 → DPOは大幅に増加しており、支払いを引き延ばすことで、より多くの運転資金を内部に留保していることが分かります 。これは、キャッシュ・フローの観点からは非常にポジティブな動きです。
キャッシュフロー(C/F)分析
項目 | 2025年6月期(百万円) | 2024年6月期(百万円) |
営業活動によるC/F | +3,661 | △6,767 |
投資活動によるC/F | △4,601 | +1,088 |
財務活動によるC/F | +4,977 | +3,705 |
現金及び現金同等物期末残高 | 35,789 | 31,750 |
*上記データは、連結キャッシュ・フローの状況から抜粋 。 |
最大のハイライトは、
営業活動によるキャッシュフロー(O-CF)が大幅な黒字に転換したことです 。これは、営業利益の黒字化に加えて、前受収益が3,276百万円増加したことによるものです 。このO-CFの黒字化は、同社が事業活動によって自律的にキャッシュを生み出す体質になったことを示しており、非常にポジティブな兆候です。
一方で、投資活動によるキャッシュフロー(I-CF)は4,601百万円のマイナスとなり、前期のプラスから大きく転じました 。これは主に
無形固定資産の取得による支出3,832百万円が原因です 。これは、M&Aや自社開発への積極的な投資が継続していることを示しており、今後の成長に向けた布石と見ることができます。
財務活動によるキャッシュフロー(F-CF)は4,977百万円のプラスで、短期借入金の純増額4,900百万円が主な要因です 。
営業CFと純利益の乖離(アクルーアル)分析:
- アクルーアル = (親会社株主に帰属する当期純利益) – (営業CF)
- 2025年6月期:1,370百万円 – 3,661百万円 = △2,291百万円 アクルーアルがマイナスであることは、会計上の利益(純利益)よりも事業活動で生み出された現金(営業CF)の方が多かったことを意味し、利益の質は非常に高いと評価できます。
資本効率性の評価
ROIC(投下資本利益率)とWACC(加重平均資本コスト): 同社のROICを簡易的に試算します。
- ROIC = NOPAT(税引後営業利益)÷ 投下資本
- NOPAT = 営業利益 × (1 – 実効税率)
- 2025年6月期:営業利益610百万円、実効税率を仮に30%とすると、NOPAT = 610 × (1 – 0.3) = 427百万円。
- 投下資本 = 有利子負債 + 自己資本
- 2025年6月期末:有利子負債(短期借入金)9,600百万円 + 自己資本19,512百万円 = 29,112百万円。
- ROIC = 427 ÷ 29,112 = 1.46% 同社の事業特性を考えると、先行投資フェーズが続いていたため、これまでROICはマイナスでした。今回の黒字化によってROICはプラスに転じましたが、その水準はまだ非常に低いです。今後、WACCを上回るROICを継続的に達成できるかどうかが、同社が企業価値を創造しているかを判断する上で最も重要な指標となります。
ROE(自己資本利益率)のデュポン分解:
- ROE = 純利益率 × 総資産回転率 × 財務レバレッジ
- 2025年6月期:
- 純利益率 = (親会社株主に帰属する当期純利益 ÷ 売上高) = (1,370 ÷ 33,270) = 4.1%
- 総資産回転率 = (売上高 ÷ 総資産) = (33,270 ÷ 52,595) = 0.63回
- 財務レバレッジ = (総資産 ÷ 純資産) = (52,595 ÷ 19,663) = 2.67倍
- ROE = 4.1% × 0.63 × 2.67 = 6.9% 2024年6月期は赤字であったためROEはマイナスでしたが、2025年6月期は利益率の改善が寄与し、ROEもプラスに転じました 。今後は、利益率と総資産回転率をいかに高めていくかがROE改善の鍵となります 。
4. 【核心】セグメント情報の徹底解剖
同社の事業セグメントは「プラットフォーム事業」の
単一セグメントであるため、セグメント別の詳細な分析は不可能です 。この点は、複数の事業を持つ企業と比較して、投資家がリスクを細分化して評価することを困難にします。特定の事業領域での不振が、全社業績に直接的な影響を与えるリスクがあります。
しかし、決算短信には「プラットフォーム事業」のARR(年間経常収益)、有料課金ユーザー企業数、ARPUの推移が詳細に記載されており、これを代替指標として分析します 。
項目 | 2025年6月期末 | 2024年6月期末 | 前期比増減率 |
ARR(百万円) | 34,393 | 26,087 | +31.8% |
有料課金ユーザー企業数(件) | 606,533 | 532,637 | +13.9% |
ARPU(円) | 56,704 | 48,977 | +15.8% |
*上記データは、決算短信の「プラットフォーム事業のARR、有料課金ユーザー企業数及びARPU推移」から抜粋・集計 。 |
分析と評価:
- ARR: 2025年6月期末のARRは、前年同期比31.8%増と引き続き高い成長を維持しており、同社のストック型収益モデルが堅調に拡大していることを示しています 。
- 有料課金ユーザー企業数: 前年同期比13.9%増と、新規顧客獲得も順調に進んでいます 。これは、中小企業におけるクラウドソリューションの市場拡大ポテンシャルが高いという同社の認識を裏付けるものです 。
- ARPU: 前年同期比15.8%増と、ユーザー数の伸び以上にARPUが成長している点が注目に値します 。これは、既存顧客への上位プランへのアップセルや、新たな有料サービスのクロスセルが奏功していることを示唆しており、単なるユーザー数増加に頼らない、質の高い成長を実現していると評価できます 。
ポートフォリオ・マネジメントの評価: 同社は、クラウド会計ソフトの「freee会計」や「freee人事労務」を中核としつつ、M&Aを通じて「クラウド連結会計ソフト 結/YUI」や「freee予約」といったプロダクトを拡充しています 。これは、単一プロダクトへの依存リスクを低減し、より幅広い顧客層のニーズに応えるための賢明な戦略です。これらの新プロダクトが既存顧客基盤へのクロスセルを促進し、ARPUのさらなる向上に繋がるかどうかを注視すべきです。
5. 経営計画の進捗と経営陣の評価
同社は2025年6月期の通期計画を達成し、特に営業利益においては大幅な黒字転換を果たしました 。これは、これまでの先行投資が結実し、利益創出のフェーズに移行したことを明確に示すものです 。
2026年6月期の連結業績予想として、売上高40,930~41,590百万円(前期比23.0%~25.0%増)、調整後営業利益2,460~2,500百万円(前期比30.5%~32.6%増)を掲げています 。
経営陣の需要予測能力と実行力の評価: 2025年6月期の実績は、経営陣が掲げた「収益性改善」の目標を力強く達成したと評価できます 。販管費の削減が売上高の伸び以上に利益改善に貢献したことは、コスト管理に対する経営陣の強いコミットメントと、それを実行する能力の高さを示唆します 。
一方で、2026年6月期の売上高成長率見通しは前期実績を下回る水準です 。これは、経営陣が足元の市場環境を保守的に見ているのか、あるいは意図的に成長率よりも利益率改善を優先する戦略にシフトしているのか、その真意を読み解く必要があります。後者であれば、長期的な企業価値創造に向けて健全な判断と言えますが、前者であれば、市場成長の鈍化というリスクを内包していることになります。
6. 将来シナリオと株価のカタリスト/リスク
今後12~24ヶ月の業績について、以下の3つのシナリオを提示します。
【基本シナリオ】(蓋然性:55%)
- 前提条件: 日本経済は緩やかな成長を維持。スモールビジネス市場のクラウド化は引き続き進展するものの、競争激化により新規ユーザー獲得コストは高止まり。同社は販管費の効率化を継続し、ARPUの着実な向上を図る。
- 売上・利益予測: 2026年6月期は会社予想通り、売上高41,000百万円、調整後営業利益2,480百万円を達成 。2027年6月期も売上高は年率20%前後で成長し、調整後営業利益率は8%程度に改善。
- カタリスト/リスク: 会社計画の進捗が株価を動かす主要な要因となる。販管費管理に失敗し、利益率が横ばいとなる場合は失望売りを誘う可能性がある。
【強気シナリオ】(蓋然性:25%)
- 前提条件: 政府のデジタル化推進政策が加速し、中小企業のクラウド導入が想定以上に進む。AI活用による生産性向上が開発・営業の両面で劇的に進み、販管費が想定以上に抑制される。M&Aによる新規プロダクトが強力なクロスセル効果を生み出す。
- 売上・利益予測: 2026年6月期売上高は42,000百万円、調整後営業利益は3,000百万円に上方修正 。2027年6月期は売上高成長率が25%を超え、調整後営業利益率が10%に到達。
- カタリスト/リスク: 決算発表で通期計画の上方修正や、新規プロダクトのARR貢献に関する具体的な数値が示された場合、株価は大きく上昇するだろう。
【弱気シナリオ】(蓋然性:20%)
- 前提条件: マクロ経済の悪化によりスモールビジネスの新規開業が減少。競合の価格攻勢により、ユーザー獲得単価が上昇。ARPU向上策が機能せず、単なるユーザー数頼みの成長モデルに戻る。
- 売上・利益予測: 2026年6月期売上高は会社予想を下回り、40,000百万円以下に留まる 。営業利益は再度の赤字転落リスクも浮上。
- カタリスト/リスク: ユーザー数の増加率やARPUの伸びが鈍化、あるいは市場のクラウド化が頭打ちとなる兆候が見られた場合、投資家の懸念が強まり、株価は下落する可能性がある。
7. バリュエーション(企業価値評価)
同社は依然として成長段階にあり、かつ利益水準が不安定なため、PER(株価収益率)やEV/EBITDAといった伝統的な相対評価指標は適切ではありません。むしろ、PS(株価売上高倍率)やARR(年間経常収益)ベースでの評価がより妥当です。
相対評価法:
- PS倍率: 2025年6月期末時点の時価総額を2026年6月期予想売上高で割ることで算出。同社のPS倍率を算出後、類似企業(マネーフォワード等)と比較します。
- SaaS事業の特性上、高い成長性、市場シェア、収益性の見通しを背景に、同社は類似企業に対して一定のプレミアムで評価されるべきだと考えます。今後のARR成長と調整後営業利益率の改善が、このプレミアムを正当化する鍵となります。
絶対評価法:
- 簡易的なDCF法:
- 仮定:
- 予測期間:2026年6月期~2030年6月期
- 永久成長率:2%
- WACC:ここでは仮に6%と仮定。
- 予測期間内の売上高成長率:2026年6月期24%→2027年6月期20%→15%→10%→5%と徐々に減速。
- 調整後営業利益率:2026年6月期6%→8%→10%→12%→15%と改善。
- 仮定:
- 上記仮定に基づき、将来のフリーキャッシュフローを予測し、現在価値に割り引いて企業価値を試算します。この試算は、将来の利益成長と資本効率性改善の蓋然性に大きく依存します。
8. 総括と投資家への提言
今回の決算は、同社が「成長最優先」のフェーズから「成長と収益性の両立」フェーズへと移行する、極めて重要なターニングポイントであったと総括できます 。営業利益の黒字化達成は、単なる会計上の数字を超え、事業モデルの健全性と、先行投資が正しかったことの証明です 。
しかし、SaaS事業が本格的に収益化フェーズに入ったばかりであるため、その利益の持続性や成長の質についてはまだ検証が必要です。2026年6月期の売上高成長率見通しが前期実績を下回る点や、利益率を向上させるための販管費管理能力が今後も問われます 。
投資スタンス:中立 今回の決算内容と今後の見通しを総合的に判断し、現時点では**「中立」**の投資スタンスを継続します。高成長と黒字化という二つのポジティブな要素を評価しつつも、成長率の鈍化と利益率改善の蓋然性という不確実性を考慮に入れた結論です。
投資家が注視すべき最重要KPIとイベント:
- ARPU(1ユーザーあたりの平均単価)の継続的な成長: ユーザー数だけでなく、ARPUが計画通りに伸びるか、特にクロスセル戦略が奏功しているかを監視すべきです 。
- 四半期ごとの調整後営業利益率の推移: 利益率の改善が単発的なものでなく、継続的なトレンドとなるかを確認します。特に販管費の内訳(人件費、マーケティング費など)がどう変化しているかを注視します。
- M&Aしたプロダクトの成長貢献度: 「結/YUI」や「freee予約」といった新規プロダクトが、ARRやユーザー数にどの程度貢献しているかを今後の開示情報から読み解く必要があります 。