1. エグゼクティブ・サマリー(結論ファースト)
- 投資スタンス:中立(確信度:50%) サークレイス(以下、同社)が示すトップラインの力強い成長、特にServiceNow事業の急拡大は、同社の戦略実行能力と市場でのポジショニングを肯定するものであり、高く評価できる。しかし、その成長が依然として利益を伴っておらず、販管費の増加が粗利益の伸びを相殺している現状は看過できない。本社移転という一過性要因を除いても、恒常的なコスト構造の課題が示唆される。現在の株価は将来の「利益ある成長」を織り込み始めているが、その実現パスは未だ不透明であり、現時点では強気スタンスを取るには時期尚早と判断する。
- 3行サマリー:
- 何が起きたのか: 2026年3月期第1四半期決算は、売上高が前年同期比+24.0%の10.0億円と大幅増収を達成した一方、本社移転費用や先行投資が重しとなり、営業損失は64百万円(前年同期は51百万円の損失)へと赤字が拡大した 。
- なぜそれが重要なのか: ServiceNow事業が同+114.1%と驚異的な成長で第2の柱となりつつあるが 、依然として売上の96%を労働集約型のコンサルティング関連事業が占める 。SaaS(AGAVE)比率の低さも相まって、景気変動への耐性が低く、持続的な収益性向上が最大の経営課題であることを浮き彫りにした。
- 次に何を見るべきか: 会社計画(通期営業利益3.5億円) の達成に向け、第2四半期以降で明確な収益性改善が見られるか。具体的には、①ServiceNow事業の利益貢献度、②販管費の対売上高比率の低下、③SaaS「AGAVE」のARR(年間経常収益)の伸び率、の3点が重要な試金石となる。
- 主要カタリストとリスク:
- カタリスト(ポジティブ要因):
- ServiceNow事業の黒字化と大型案件獲得: 急成長するServiceNow事業が、単なる売上貢献から利益ドライバーへと変貌を遂げた場合、市場の評価は一変する可能性がある。
- AI関連サービスの収益化本格化: Salesforce「Agentforce」 やServiceNow「Now Assist」 を活用したAIエージェント関連サービスが具体的な売上・利益として計上され始めれば、新たな成長ストーリーとして評価される。
- SaaS「AGAVE」の飛躍的成長: BPOパートナーとの連携強化 や新機能投入 により、契約ID数が爆発的に増加し、ストック収益比率が有意に上昇する展開。
- リスク(ネガティブ要因):
- IT投資抑制による成長鈍化: マクロ経済の悪化が企業のDX投資意欲を減退させ、主力のコンサルティング事業の案件獲得や単価に下方圧力がかかるリスク。
- 先行投資の回収遅延: 採用した人材の稼働率低下や、グローバル事業投資 が収益に結びつかず、販管費の負担が継続し、通期での営業赤字や計画大幅未達に陥るシナリオ。
- 人材獲得競争と利益率圧迫: DXコンサルタントの需給逼迫が続き、採用コストや人件費が想定以上に高騰することで、売上総利益率の改善を阻害するリスク。
- カタリスト(ポジティブ要因):
2. 事業概要とビジネスモデルの深掘り
- ビジネスモデルの評価: 同社のビジネスは、大きくフロー収益モデルとストック収益モデルの2つに分類できる。その収益構造は以下の数式で表現できる。売上高 = (① AI&Data Innovation事業売上) + (② SaaSサービス売上)
- ① AI&Data Innovation事業売上(フロー収益):
Σ (コンサルタント時間単価 × 投入時間)
またはΣ (プロジェクト単価 × プロジェクト数)
- このモデルは、売上の96.0%を占める同社の中核である 。Salesforce 、ServiceNow 、Microsoft といった複数の巨大プラットフォームを横断的に扱える専門性が強みであり、顧客を上流の構想策定から実装、運用・定着化まで一気通貫で支援できる体制 は、高い顧客単価と長期的な関係構築を可能にする。
- 一方で、その本質は「人の時間」を売る労働集約型ビジネスであり、スケールさせるためには絶え間ない人材採用と高い稼働率の維持が不可欠となる。これは、景気後退局面で企業のIT投資が削減された際に、真っ先に影響を受ける脆弱性を内包している。
- ② SaaSサービス売上(ストック収益):
(契約ユーザーID数 × ARPU)
- 海外人事労務管理SaaS「AGAVE」 が該当し、売上構成比は僅か4.0% ながら、一度導入されれば安定的な収益が見込めるストック型モデルとして極めて重要である。
- この比率が低いことが、同社の収益安定性における最大の課題と言える。経営陣もこれを認識しており、BPOパートナー経由での販売強化 などを打ち出しているが、その成果が本格的に表れるのはこれからだ。
- ① AI&Data Innovation事業売上(フロー収益):
- 競争環境: 同社が戦うDX支援市場は、プレーヤーが多岐にわたるレッドオーシャンである。
- 総合コンサルティングファーム(アクセンチュア、PwCなど): 経営戦略の最上流から入り込み、大規模なDX案件を獲得する。
- 大手SIer(NTTデータ、NECなど): 既存の強固な顧客基盤を活かし、システム開発・保守で安定した地位を築く。
- 専業DX・コンサルティング企業(ベイカレント・コンサルティング、SHIFTなど): 高い専門性と機動力を武器に急成長している。 この中で同社は、「SalesforceとServiceNowという二大プラットフォームへの特化」 と、「他社が導入したシステムの運用・改善(カスタマーサクセス) 」というユニークなポジショニングを築いている。特に後者は、システム導入後の「活用しきれない」という顧客の普遍的な課題を捉えたものであり、リプレイスではなく改善提案から入ることで、競合との直接的な価格競争を避けつつ、長期的な関係を構築する巧みな戦略と言える。
3. 【最重要】業績ハイライトと徹底的な財務分析
第1四半期の業績は、成長性と収益性の間の緊張関係を如実に示している。
項目 | 2025年3月期 Q1 | 2026年3月期 Q1 | 増減額 | 増減率 | ||
売上高 | 807百万円 | 1,000百万円 | +193百万円 | +24.0% | ||
売上総利益 | 324百万円 | 445百万円 | +121百万円 | +37.3% | ||
(粗利率) | 40.2% | 44.5% | +4.3pt | – | ||
販管費 | 375百万円 | 509百万円 | +134百万円 | +35.6% | ||
営業利益 | △51百万円 | △64百万円 | △13百万円 | 赤字拡大 | ||
(出典: ) |
G
- P/L分析:
- 収益性の深掘り: 売上高が+24.0%と力強く成長する中で、売上総利益が+37.3%とそれを上回る伸びを示し、粗利率が4.3pt改善した点は特筆すべきポジティブサプライズである 。これは、より付加価値の高いコンサルティング案件の比率向上や、ServiceNow事業のような高単価領域の拡大が寄与したものと推察される。
- 【必須】営業利益のブリッジ分析: しかし、この粗利率改善効果は、膨らむ販管費によって完全に打ち消された。前年同期からの営業利益の変動要因を分解すると、以下の構造が明らかになる。
- 前年同期 営業利益: -51百万円
- ① 売上増収効果: +78百万円 (増収分193百万円 × 前期粗利率40.2%)
- ② 粗利率改善効果: +43百万円 (当期売上1,000百万円 × 粗利率改善分4.3%)
- ③ 販管費増加影響: -134百万円 (509百万円 – 375百万円)
- 当期 営業利益: -64百万円 この分析から、本業の収益力(粗利ベース)は121百万円も向上したにもかかわらず、それを上回る134百万円もの販管費増が赤字を拡大させた構図が鮮明となる。会社は主因を「本社移転費用(△30百万円)」と「Global事業投資(△23百万円)」と説明しているが 、これらを除いたとしても販管費は81百万円増加しており、売上増加率(+24.0%)を大幅に上回る。これは、事業拡大に伴う恒常的なコスト増が収益性を圧迫している可能性を示唆しており、楽観視はできない。
- B/S分析:
- 安全性: 自己資本比率は54.5%と健全な水準を維持しているが 、第1四半期の純損失計上により純資産は45百万円減少した 。現預金も、本社移転に伴う設備投資や敷金・保証金の支払いにより、前期末の8.3億円から3.2億円へと大幅に減少しており 、今後の資金繰りには注意が必要だ。
- 【必須】運転資本の分析(CCC):
- 同社のビジネスモデル上、棚卸資産は僅少であり、CCCは主に売上債権と仕入債務の回転日数で決まる。
- 売上債権回転日数(DSO): 430百万円 / (1,000百万円 / 90日) ≒ 39日
- 仕入債務回転日数(DPO): 52百万円 / (555百万円 / 90日) ≒ 8.5日
- CCC ≒ DSO – DPO = 30.5日 運転資本は効率的に管理されており、キャッシュを大きく圧迫する構造にはない。DSOが1ヶ月強と比較的短いサイトで回収できている点は評価できる。在庫リスクがないコンサルティングビジネスの典型的な特徴と言える。
- キャッシュフロー(C/F)分析:
- 第1四半期のCF計算書は開示されていない 。しかし、営業損失が64百万円であること、本社移転という大規模な現金支出があったことを踏まえると、営業CF・投資CFともに大幅なマイナスであったことは確実である。財務CFでこれをどうカバーしたか(あるいは現預金を取り崩したか)が、今後の財務戦略を占う上で重要となる。
- 資本効率性の評価:
- 【必須】ROIC vs WACC: 現時点では営業赤字のためROICはマイナスであり、投下資本を破壊している状態にある。しかし、会社計画(通期営業利益3.5億円) が達成された場合のROICを試算すると、様相は一変する。
- NOPAT(税引後営業利益) = 350百万円 × (1 – 30%実効税率) = 245百万円
- 投下資本(有利子負債+株主資本) = 211百万円 + 903百万円 = 1,114百万円
- ROIC(計画ベース) = 245 / 1,114 ≒ 22.0% 同社のようなグロース企業に求められるWACCを8-10%と仮定すると、計画達成時のROICはこれを大幅に上回り、明確な企業価値創造サイクルに入ることになる。問題は、この計画達成の蓋然性が高くないことである。
- 【必須】ROEのデュポン分解: こちらも計画ベースで分解する。
- ROE(計画) = 25.0%(純利益2.3億円 / 自己資本9.2億円と仮定)
- ROE (25.0%) = 純利益率 (5.0%) × 総資産回転率 (2.7倍) × 財務レバレッジ (1.85倍)
- (各仮定:純利益率=230/4600, 総資産回転率=4600/1700, 財務レバレッジ=1700/929) 高いROE目標は、①平均的ながらも堅実な利益率、②無形資産が主体であることによる高い資産回転率、③適度な財務レバレッジの組み合わせによって達成される設計となっている。この中で、計画達成の鍵を握るのは、やはり販管費をコントロールし、5.0%の純利益率を確保できるかという点に尽きる。
- 【必須】ROIC vs WACC: 現時点では営業赤字のためROICはマイナスであり、投下資本を破壊している状態にある。しかし、会社計画(通期営業利益3.5億円) が達成された場合のROICを試算すると、様相は一変する。
4. 【核心】セグメント情報の徹底解剖
2026年3月期より報告セグメントが「AI&Data Innovation」と「SaaSサービス」に変更されたが 、実態をより的確に捉えるため、決算説明資料で開示されているサービス別の内訳を基に分析する。
サービス名 | Q1売上高 | 前年同期比 | 構成比 | 分析と示唆 | ||
Salesforce事業 | 735百万円 | +12.9% | 73.5% | 依然として最大の収益柱だが、成長率は鈍化 。既存顧客からの大型案件で安定しているが、ここが失速すると全体への影響が大きい。AIエージェント「Agentforce」 などの新サービスで成長を再加速できるかが鍵。 | ||
ServiceNow事業 | 179百万円 | +114.1% | 17.9% | 驚異的な成長率で、 | 第2の柱として完全に離陸した 。パソナグループとの合弁会社アオラナウ の設立、ServiceNow本体からの出資受け入れ など、強力な布陣が奏功。クロスセルによる更なる成長余地も大きい。 | |
MS Azure/MSPP等 | 46百万円 | +21.1% | 4.6% | Salesforce, ServiceNowに次ぐ第3の柱を育成する動き 。規模は小さいが、マルチプラットフォーム戦略の重要な一角。 | ||
SaaS(AGAVE) | 40百万円 | +18.1% | 4.0% | 契約ID数は11,580IDへと順調に増加 。売上構成比は低いが、 | 唯一のストック収益源として戦略的重要性が高い。利益率改善と収益安定化のためには、この事業の比率向上が急務。 | |
(出典: ) |
- ポートフォリオ・マネジメントの評価: 経営陣は、Salesforceへの過度な依存から脱却し、ServiceNowという新たな成長エンジンを確立することに成功した。この点は高く評価できる。マルチプラットフォーム戦略 は、顧客への提案機会を増やし、特定ベンダーへの依存リスクを低減させる上で合理的である。しかし、ポートフォリオ全体として見れば、依然として労働集約型のフロー収益モデルに偏重しているという根本的な課題は解決されていない。SaaS事業の成長を加速させ、フローとストックのバランスの取れた収益構造へと転換できるかが、経営陣の真の手腕が問われる点である。
5. 経営計画の進捗と経営陣の評価
- 会社計画との比較:
- 通期計画:売上高 4,600百万円(進捗率21.7%)、営業利益 350百万円(大幅な未達) 。
- 同社は「下期偏重」のビジネス特性を主張しているが 、Q1の営業赤字64百万円を埋め、さらに350百万円の利益を積み上げるためには、Q2~Q4の3四半期で合計414百万円(1四半期あたり平均138百万円)の営業利益を稼ぎ出す必要がある。これは前年通期の営業利益203百万円 の2倍以上の水準であり、極めて高いハードルと言わざるを得ない。
- 経営陣の評価:
- 今回のQ1実績を受けても通期計画を修正しなかったこと は、経営陣の強い自信の表れと見ることもできるが、市場との対話という観点からは、過度に楽観的な計画との批判を免れない。需要予測の精度や、コスト管理を含む計画実行能力には疑問符が付く。ServiceNow事業の急成長という「追い風」に乗り、コスト意識が緩んでいる可能性も否定できない。投資家としては、経営陣の示すバラ色の未来を鵜呑みにせず、現実的な収益改善の証拠を四半期ごとに厳しくチェックしていく必要がある。
6. 将来シナリオと株価のカタリスト/リスク
- 今後12~24ヶ月の業績シナリオ:
- 基本シナリオ(蓋然性:50%): ServiceNow事業の成長は継続するも、マクロ環境の不透明感から企業のIT投資は選別色が強まり、Salesforce事業の伸びは一桁台後半に鈍化。販管費の増加ペースは緩やかになるが、利益率は低位安定。通期売上高は42~44億円、営業利益は2.0~2.5億円程度で着地し、会社計画は未達となる。
- 強気シナリオ(蓋然性:20%): AI関連のコンサルティング・導入案件が本格的に収益貢献。ServiceNow事業が爆発的な成長を続け、Salesforce事業もクロスセル効果で息を吹き返す。SaaS事業もARRが急増し、全社的な利益率が大幅に改善。会社計画(売上高46億円、営業利益3.5億円)を達成、あるいは超過する。
- 弱気シナリオ(蓋然性:30%): 景気後退が本格化し、企業のDXプロジェクトが凍結・延期。主力のコンサル事業が直撃を受け、増員したコンサルタントの稼働率が悪化。固定費負担が重くのしかかり、先行投資を回収できず、通期で営業赤字に転落。株価は成長期待の剥落から大幅に調整される。
7. バリュエーション(企業価値評価)
- 相対評価法: 同社は成長期待の高いDX支援企業として、ベイカレント・コンサルティング(6532)、SHIFT(3697)、モンスターラボホールディングス(5255)などが比較対象となる。これらの企業は赤字あるいは低収益フェーズでも高いPSR(株価売上高倍率)で評価される傾向にある。現在の同社のPSRは、会社計画ベースで評価されているが、弱気シナリオが現実となれば、マルチプルは大幅に縮小するリスクがある。ServiceNow事業の急成長やAIというテーマ性はプレミアム要因となる一方、収益性の低さと労働集約モデルはディスカウント要因となる。
- 絶対評価法(簡易DCF): 基本シナリオ(来期営業利益2.25億円)を前提に試算する。
- 前提条件: NOPAT=1.58億円(2.25億円×税率30%)、WACC=9.0%、永久成長率g=2.0%
- 事業価値: 1.58億円 / (9.0% – 2.0%) = 22.5億円
- 株主価値: 22.5億円 – 0.21億円(有利子負債) = 20.4億円
- 理論株価: 20.4億円 / 436万株 ≒ 468円 この試算は、現在の株価水準に対して、アップサイドとダウンサイドのリスクが均衡していることを示唆している。強気シナリオが実現すれば理論株価は大きく上昇するが、弱気シナリオでは下落余地も大きい、まさに「中立」的なバリュエーションと言える。
8. 総括と投資家への提言
サークレイスは、「高成長」という甘美な果実と、「収益なき拡大」という毒を併せ持つ企業である。ServiceNow事業の成功は同社のポテンシャルを証明したが、それは同時に、コスト構造の課題とフロー収益への依存というアキレス腱を浮き彫りにした。
投資家は、トップラインの成長率に目を奪われることなく、その成長が持続可能な利益に繋がっているかを冷静に見極める必要がある。経営陣が描く「投資フェーズの先にある飛躍」というストーリーを信じるには、より具体的な証拠が求められる。
今後の株価動向を監視する上で、投資家が注視すべき最重要KPIは以下の3つである。
- ServiceNow事業のセグメント利益: 売上だけでなく、利益貢献が始まったか。黒字化のタイミングが最初の重要なマイルストーンとなる。
- 販管費の対売上高比率: 本社移転の一過性要因が剥落する第2四半期以降、この比率が明確な低下トレンドに入るか。コストコントロールに対する経営陣の本気度が試される。
- SaaS「AGAVE」の契約ID数とARPU: 四半期ごとの伸びが加速しているか。同社が労働集約モデルから脱却し、真のテクノロジー企業へと変貌できるかの先行指標となる。
これらのKPIが改善の兆しを見せれば、それは「中立」から「強気」へとスタンスを転換するシグナルとなるだろう。しかし、それが確認できるまでは、期待と不安が交錯する現在の株価水準から、積極的に上値を追うべきではないと結論する。