1. エグゼクティブ・サマリー
投資スタンス:中立、確信度:70%
LIFULLの2025年9月期第3四半期決算は、中核事業であるHOME’S関連事業の力強い成長に牽引され、表面上は非常に好調に見える。しかし、その内実を深く掘り下げると、海外事業からの撤退に伴う一時的な利益の押し上げ効果と、利益の質に関するいくつかの懸念が見えてくる。中核事業の成長は評価に値するが、過度な期待は禁物であり、現時点では「中立」のスタンスを維持するのが妥当と判断する。
3行サマリー:
- 事実: HOME’S関連事業の好調により、連結売上収益は7.1%増、営業利益は23.3%増を達成。海外事業の非継続事業への分類とリストラクチャリングが進行中。
- 本質: 決算の好調は、HOME’S関連事業の集客力強化と収益性改善による本質的な成長に加え、海外事業からの撤退に伴う一時的な会計処理による影響が大きく寄与している。利益の源泉を正確に理解する必要がある。
- 注目点: 今後、HOME’S関連事業の成長が持続可能か、特に広告宣伝費の効率化施策が長期的に集客力低下を招かないか、また、海外事業撤退後の資本効率改善が計画通りに進むかを注視する。
主要カタリストとリスク:
- ポジティブ・カタリスト:
- HOME’S関連事業の継続的な収益性向上: AIを活用した集客効率化やサービス開発が計画を上回り、販管費を抑制しつつ売上を拡大できれば、株価は大きく上昇する可能性がある。
- 海外事業撤退後の資本効率改善: 海外事業からの撤退が完了し、非継続事業からの損失がなくなることで、継続事業の利益が明確化され、ROICなどの資本効率指標が大幅に改善することが市場に評価される。
- 創業30周年記念配当: 記念配当を含む過去最高の1株当たり7.33円の配当予想は、株主還元へのコミットメントとして好感され、短期的な買い材料となる。
- ネガティブ・リスク:
- HOME’S関連事業の成長鈍化: 顧客数やARPA(1顧客あたり売上)の伸びが鈍化したり、広告宣伝費の削減が裏目に出て集客力が低下した場合、中核事業の成長ストーリーが揺らぎ、失望売りを招く可能性がある。
- 海外事業撤退に伴う偶発債務: 非継続事業に分類された海外事業の清算過程で、予期せぬ債務や費用が発生し、さらなる損失計上が必要となるリスクがある。
- マクロ経済環境の変化: 金利上昇や不動産市場の冷え込み、新設住宅着工戸数の減少といったマクロ経済環境の変化が、HOME’S関連事業の取引量や単価に悪影響を及ぼす可能性がある。
2. 事業概要とビジネスモデルの深掘り
LIFULLのビジネスモデルは、主に「HOME’S関連事業」と「その他事業」の2つに大別される。以前は「海外事業」も主要なセグメントだったが、2025年9月期第2四半期より非継続事業に分類された。
HOME’S関連事業のビジネスモデル評価: この事業の収益モデルは、以下のように数式で表すことができる。 売上収益 = (顧客数) × (1顧客あたりの売上:ARPA)
ARPA = (掲載物件数) × (掲載期間あたりの単価) + (問い合わせ数) × (問い合わせあたりの単価)
このモデルの強みは、以下の通りだ。
- ネットワーク効果: 多くのユーザーが集まることで不動産事業者の掲載価値が高まり、掲載物件数が増加する。これにより、さらに多くのユーザーを引きつけるという好循環が生まれている。
- 高いブランド力と集客力: 「LIFULL HOME’S」は、PC利用者数や物件鮮度、賃貸・売買領域の総合評価でNo.1を獲得しており、これにより自社サイトへの自然流入が増加している。
- 高いスイッチングコスト: 不動産事業者は、物件情報の掲載や顧客管理のために、特定のプラットフォームに深くコミットする傾向がある。LIFULL HOME’Sが提供するCRMなどのDX支援サービスを利用するほど、他社サービスへの乗り換えは困難になる。
- テクノロジー活用による競争優位性: AIを活用した画像検索、チャットボット「AIホームズくん」、おとり物件検知システムなど、最先端技術をいち早く取り入れることで、他社との差別化を図っている。
一方、脆弱性としては、以下の点が挙げられる。
- 不動産市況への依存度: 収益は不動産の取引量や価格に大きく左右される。新設住宅着工戸数や移動者数の動向など、マクロ経済の変動が直接的なリスクとなる。
- 広告宣伝費の継続的な必要性: 集客の効率化を図っているとはいえ、ブランド認知を維持し、新規ユーザーを獲得するためには、継続的な広告宣伝費の投下は避けられない。コスト削減が短期的には利益を押し上げるが、長期的には集客力低下のリスクを孕む。
競争環境: 主要な競合としては、リクルートが運営する「SUUMO」、アットホームなどが挙げられる。LIFULLの強みは、AI技術の積極的な導入と不動産関連データの蓄積、そして「利他主義」という社是に基づく社会課題解決型事業(介護、地域創生など)とのシナジーだ。SUUMOが持つ圧倒的なブランド力とユーザー数を追いかける一方で、LIFULLはAIやDX支援といった差別化戦略で顧客(不動産事業者)の囲い込みを図っている。
3. 業績ハイライトと徹底的な財務分析
P/L分析
項目 | 2024年9月期3Q(累計) (百万円) | 2025年9月期3Q(累計) (百万円) | 増減額 (百万円) | 増減率 (%) | 通期計画 (百万円) | 進捗率 (%) |
売上収益 | 19,655 | 21,059 | +1,404 | +7.1% | 28,500 | 73.9% |
営業利益 | 2,434 | 3,001 | +566 | +23.3% | 3,300 | 90.9% |
税引前利益 | 2,052 | 2,971 | +919 | +44.8% | – | – |
親会社所有者帰属四半期利益 | 56 | 4,408 | +4,352 | +7771.4% | 4,200 | 105.0% |
営業利益のブリッジ分析: 前年同期の営業利益2,434百万円から当期3,001百万円への変動を分解する。
- ①売上増加による利益増: 売上収益の増加額1,404百万円のうち、売上総利益の増加額は1,383百万円。売上総利益率の改善が示唆される。
- ②販管費変動: 販管費は前年同期の17,026百万円から当期の16,842百万円に183百万円減少。これは主に広告宣伝費・営業費の最適化によるもの。一方、増益に伴う賞与引当金の増加で人件費関連は増加している。
- ③その他収益及び費用変動: 前期に970百万円のその他収益があったが、当期は90百万円に減少。これは前期に子会社の売却益があった一時的な要因を除いた結果であり、この要因を除くと営業利益は前期比約2倍に達している。
以上のことから、営業利益の増加は、売上収益の増加と販管費の抑制という
本質的な成長が主因である。
収益性の深掘り: 売上総利益率は、前年同期の94.8% (18,627/19,655)から当期の95.0% (20,010/21,059)に微増している。これは売上原価の増加率が売上収益の増加率を下回ったためで、収益力の安定性を示している。
営業利益率は、前年同期の12.4%から当期の14.3%に改善。これは売上収益の増加と、広告宣伝費の最適化による販管費の抑制が主因だ。広告宣伝費は前期比で7.2%減少しており、集客効率の向上が利益率改善に大きく寄与していることがわかる。この施策が長期的に集客力を維持できるか、継続的なモニタリングが必要だ。
B/S分析
項目 | 2024年9月末 (百万円) | 2025年6月末 (百万円) | 増減額 (百万円) | 増減率 (%) |
資産合計 | 41,191 | 38,061 | ▲3,129 | ▲7.6% |
負債合計 | 16,989 | 12,536 | ▲4,452 | ▲26.2% |
資本合計 | 24,202 | 25,524 | +1,322 | +5.5% |
自己資本比率 | 58.7% (24,202/41,191) | 67.1% (25,524/38,061) | +8.4pt | – |
運転資本の分析: LIFULLはBtoBのサービス事業が中心であり、棚卸資産は存在しない。そのため、CCCの分析は売上債権回転日数(DSO)と買掛金回転日数(DPO)に焦点を当てる。
- 売上債権回転日数(DSO):
- 2024年9月末:8,923 (百万円) / 19,655 (百万円) × 274日 = 124.7日
- 2025年6月末:4,299 (百万円) / 21,059 (百万円) × 273日 = 55.7日
- 売上債権は大幅に減少しており、回収効率が劇的に改善している。これは主に海外事業の連結除外による影響だ。
- 仕入債務回転日数(DPO):
- 2024年9月末:2,973 (百万円) / 1,028 (百万円) × 274日 = 791.9日
- 2025年6月末:1,698 (百万円) / 1,049 (百万円) × 273日 = 442.1日
- 買掛金も大幅に減少しており、これは主に海外事業の連結除外による影響だ。
海外事業の清算に伴う会計処理が、B/Sの各項目に大きな影響を与えている。資産合計、負債合計が大きく減少した一方で、資本合計が増加しており、自己資本比率は大幅に改善している。これは、海外事業のリストラクチャリングによるのれんの減損や、その他の負債の減少が寄与した結果だ。この結果、財務の健全性は短期的に大きく改善している。
キャッシュフロー(C/F)分析
- 営業CF: 前年同期の781百万円から当期の3,256百万円に大幅増加。これは、継続事業からの税引前四半期利益が大きく増加したこと、および海外事業からの税引前利益がマイナスからプラスに転換したことによる。
- 投資CF: 前年同期の531百万円から当期の10,729百万円と大幅に増加している。これは主に、楽天ステイの信託受益権取得やCONNECT NEXTへの投資といった戦略的な投資活動によるものだ。
- 財務CF: 前年同期の1,768百万円から当期の2,547百万円に増加。長期借入金の増加が主因だが、これは楽天ステイの信託受益権取得に伴うものと見られる。
営業CFと純利益の乖離(アクルーアル)分析: 営業CF 3,256百万円と四半期利益4,410百万円には乖離がある。これは、非継続事業からの税引前利益、減損損失といった非現金項目が大きく影響しているためだ。利益の質を評価するには、これらの非現金項目を除外した継続事業の利益と営業CFを比較する必要がある。
資本効率性の評価
ROIC vs. WACC: LIFULLは、海外事業のリストラクチャリングにより、ROICを大きく改善させる転換点にある。海外事業は継続的に損失を計上しており、それに投下された資本は企業価値を破壊していた。今回の撤退により、その破壊要因が取り除かれる。ROICを計算するには詳細なデータが必要だが、継続事業の利益率が向上し、投下資本(特にのれん)が大幅に減少したことから、ROICがWACCを上回る可能性は非常に高い。経営陣が価値創造にコミットしているという明確なシグナルを市場に送っていると評価できる。
ROEのデュポン分解:
- 純利益率: 親会社所有者帰属四半期利益が大幅に増加したため、一時的に極めて高くなっている。これは、海外事業のリストラクチャリングに伴う利益計上によるもので、利益の質としては一時的なものと捉えるべきだ。
- 総資産回転率: 総資産が減少しているため、回転率は向上している。これは、海外事業撤退による効率的な資産構成への転換と評価できる。
- 財務レバレッジ: 負債合計が大幅に減少したため、財務レバレッジは低下している。
結論として、ROEの大幅な上昇は、主に一時的な純利益率の向上と、資産効率の改善が複合的に作用した結果である。
4. セグメント情報の徹底解剖
LIFULLの報告セグメントは、海外事業が非継続事業に分類されたことにより、現在は「HOME’S関連事業」と「その他」の2つとなっている。
HOME’S関連事業:
- 売上: 19,176百万円(前期比+6.8%)。7四半期連続で前期超えを達成しており、非常に好調だ。
- 利益: 3,427百万円(前期比+76.6%)。増収分に加え、広告宣伝費の最適化が利益率を押し上げている。
その他事業:
- 売上: 1,883百万円(前期比+11.3%)。
- 利益: ▲270百万円(赤字幅は前期の352百万円から縮小)。この事業は「LIFULL介護」や「LIFULLトランクルーム」、新規事業などが含まれる。LIFULL seniorの収益性改善や、楽天ステイの信託受益権による売上・利益の発生が赤字幅縮小に寄与している。
ポートフォリオ・マネジメントの評価: 経営陣は、海外事業の売却という大胆な事業ポートフォリオの見直しを行い、中核事業であるHOME’S関連事業に経営資源を集中させる判断を下した。これは、収益性の低い事業を切り離し、資本効率を向上させるという点で高く評価できる。また、その他事業では、赤字幅を縮小しつつ、成長が見込める新規領域(楽天ステイなど)への投資も継続しており、リスク分散と将来のシナジー創出を両立させようとする姿勢が見られる。
5. 経営計画の進捗と経営陣の評価
LIFULLは2025年9月期の通期連結業績予想として、売上収益28,500百万円、営業利益3,300百万円、親会社所有者帰属当期利益4,200百万円を掲げている。
今回の第3四半期までの実績を見ると、売上収益の進捗率は73.9%、営業利益は90.9%、当期利益は105.0%と、営業利益と当期利益が非常に高い進捗率となっている。特に当期利益は通期予想をすでに超過している。
計画進捗の評価: この高い進捗率は、主に海外事業からの撤退に伴う一時的な利益計上によるものと判断する。経営陣は通期計画を修正していないが、これは第4四半期に利益を犠牲にしてでも、来期以降の主要事業の成長に向けた戦略的投資を実施する意向を示唆している。この判断は理にかなっており、短期的な利益のブレよりも、中長期的な成長にコミットしていると評価できる。しかし、第4四半期に計画以上の投資が行われた場合、一時的に利益が減少し、市場から失望される可能性も考慮する必要がある。
6. 将来シナリオと株価のカタリスト/リスク
強気シナリオ:
- 前提条件: 不動産市況が安定し、HOME’S関連事業の集客施策(AI活用、アプリのダウンロード数増加など)が成功し続ける。その他事業の赤字幅がさらに縮小する。
- 業績予測レンジ: 売上収益 29,000~30,000百万円、営業利益 3,500~3,800百万円。
- カタリスト: 新たなAI活用サービスの導入による劇的な集客効率向上、大手不動産会社とのDXパートナーシップの拡大、海外事業の清算がスムーズに完了し、非継続事業からの損失がゼロになること。
基本シナリオ:
- 前提条件: 不動産市況は横ばい。HOME’S関連事業の成長率は緩やかに推移する。第4四半期に計画通りの戦略投資を実施。
- 業績予測レンジ: 売上収益 28,500百万円(通期計画値)、営業利益 3,300百万円(通期計画値)。
- カタリスト: HOME’S関連事業における顧客数やARPAの安定的成長。
弱気シナリオ:
- 前提条件: 不動産市況の悪化、新設住宅着工戸数のさらなる減少。広告宣伝費の削減が裏目に出て、集客力が低下。競合他社がAIサービスなどでLIFULLの優位性を脅かす。
- 業績予測レンジ: 売上収益 27,000~28,000百万円、営業利益 2,800~3,000百万円。
- リスク: 広告宣伝費の最適化が原因でユーザー離れが加速すること。海外事業の清算に伴い、想定外の損失が発生すること。
7. バリュエーション(企業価値評価)
相対評価法: LIFULLの株価は、競合他社と比較して妥当な水準にあると考える。PER、PBR、EV/EBITDAなどの指標は、一時的な要因で大きく変動しているため、現時点での単純比較は意味をなさない。しかし、中核事業の成長性、AI技術への積極的な投資、そして海外事業からの撤退による財務体質の改善は、市場から一定のプレミアムで評価されるべき要因だ。一方で、事業が依然として不動産市況に大きく左右されることや、新規事業の収益化に時間がかかることはディスカウント要因となる。
絶対評価法: 簡易的なDCF法を試算する。
- FCF予測: 継続事業の利益成長を前提に、今後の投資活動を考慮して、年間FCFを約30億円と仮定。
- WACC: リスクフリーレート(日本国債利回り)とベータ値、マーケットリスクプレミアム、負債コストを基に、WACCを約6%と仮定。
- 永久成長率: 日本の人口減少と不動産市場の成熟を考慮し、永久成長率を1%と仮定。
- 理論株価:
- 継続価値(Terminal Value)= 30億 × (1 + 0.01) / (0.06 – 0.01) = 606億円
- 企業価値(EV)= (今後5年間のFCFの現在価値の合計)+ 継続価値
- この試算では、現時点の時価総額が600億円前後と見られることから、現状の株価は妥当な水準にあると考えられる。
8. 総括と投資家への提言
LIFULLの最大の投資魅力は、盤石な収益基盤を持つHOME’S関連事業が、AIとDXという二つの成長エンジンによって、さらなる高みを目指している点にある。海外事業からの撤退という困難な決断は、中長期的な企業価値創造に向けた経営陣の強い意志を示している。しかし、今回の決算の好調さには、一時的な利益計上が含まれており、過度な楽観は禁物だ。
投資スタンス:中立
今後の株価動向を監視する上で、投資家が注視すべき最重要KPIは以下の通り。
- HOME’S関連事業の顧客数とARPAの推移: 広告宣伝費の最適化が、顧客数やARPAの成長に悪影響を与えていないかを四半期ごとに確認する。
- 販管費の内訳: 営業利益率の改善が、一時的なコストカットによるものか、それともAI活用などによる本質的な効率化によるものかを見極めるため、販管費の構成要素(特に広告宣伝費)の推移を注視する。
- 海外事業撤退後の財務状態: のれんやその他の負債の処理が計画通りに進み、B/Sが健全化していくかを継続的に確認する。
- 第4四半期の戦略的投資の動向: 経営陣が予告している戦略的投資が、具体的な成長ドライバーに繋がるものか、その内容と成果を評価する。
以上の点を総合的に判断し、現時点では「中立」のスタンスを維持する。今後の経営陣の実行力と、それに伴う財務指標の改善を待って、投資判断を再評価することが賢明である。