1. エグゼクティブ・サマリー
投資スタンス: 中立 (確信度: 60%)
3行サマリー: ダイイチの2025年9月期第3四半期累計期間は、新規出店が売上を牽引し増収を達成した 。しかし、既存店の売上総利益率低下と人件費・各種経費の増加が利益を圧迫し、大幅な減益となった 。通期業績予想に対する進捗率は売上高で74.3%と順調な一方、営業利益で63.2%にとどまっており、下期に利益が回復する明確な根拠が見出しにくい状況であり、慎重なモニタリングが必要である 。
主要カタリストとリスク:
- ポジティブ・カタリスト:
- 新規出店店舗(アリオ札幌店、千歳店など)の想定を上回る早期の黒字化と、既存店への客数増加によるシナジー効果の顕在化。
- 物価高騰に対する消費者の節約志向が一段と強まる中で、「セブンプレミアム商品」の拡販が奏功し、売上総利益率の改善に寄与。
- 政府備蓄米の取り扱いなど、サプライチェーンの多角化による原価上昇リスクの抑制。
- ネガティブ・リスク:
- 新規出店に伴う先行投資負担の長期化や、既存店の利益率低下が継続し、通期営業利益目標の達成が困難になる可能性。
- 競争激化と消費者の「生活防衛意識」「節約志向」の継続により、価格競争が激化し、売上総利益率のさらなる悪化を招くリスク 。
- 人件費や光熱費などのコスト増加が続く中で、販管費の抑制策が不十分となり、利益を圧迫し続けるリスク。
2. 事業概要とビジネスモデルの深掘り
ダイイチは、北海道を営業基盤とするスーパーマーケット事業を主力としており、食料品を中心とした小売事業を展開している 。同社の収益モデルは、売上高 = (顧客数 × 買上点数) × (平均単価) で表現できる。このモデルにおいて、同社の強みは「地域密着型」である点と、セブン&アイ・ホールディングスとの連携による「セブンプレミアム商品」という高品質かつお買い得なプライベートブランドの存在にある 。これにより、顧客の「簡単・便利ニーズ」や「節約志向」に応えることができ、リピート顧客の獲得に繋がっている 。また、買い物に不便を感じている顧客向けの「移動スーパー (とくし丸)」事業は、社会貢献と同時に新たな収益源および顧客基盤の拡大に貢献している 。
一方で、このビジネスモデルの脆弱性としては、価格競争への耐性が低いことが挙げられる 。スーパーマーケット業界全体が、賃金の伸びを上回る物価上昇と消費者の節約志向の強まりに直面しており、競争環境が激化している 。新規出店による売上拡大は短期的な成長ドライバーとなるが、価格訴求力の高い競合他社との競争が激化すれば、粗利率のさらなる低下リスクに直面することになる。
競争環境: 北海道のスーパーマーケット市場は、マックスバリュ北海道(イオン)、コープさっぽろ、ラッキーなど、複数のプレイヤーがひしめく激戦区である。これらの競合他社と比較した際のダイイチの相対的な強みは、セブン&アイグループとのシナジーによる商品力の強化(セブンプレミアム商品)と、地域コミュニティに根ざしたサービス(移動スーパー、職場体験学習の受け入れなど)である 。しかし、規模の経済という点では、全国的なサプライチェーンを持つイオンなどの大手には劣る。また、コストコや業務スーパーといった価格破壊型の競合の進出も、同社の粗利率に長期的な圧力をかける要因となり得る。
3. 【最重要】業績ハイライトと徹底的な財務分析
P/L分析: | 項目 | 2024年9月期 3Q累計 (千円) | 2025年9月期 3Q累計 (千円) | 増減率 (%) | 計画比進捗率 (%) | | :— | :— | :— | :— | :— |
| 売上高 | 38,749,486 | 43,470,250 | +12.2% | 74.3% |
| 営業利益 | 1,631,076 | 1,043,272 | -36.0% | 63.2% |
| 経常利益 | 1,640,744 | 1,026,638 | -37.4% | 62.2% |
| 四半期純利益 | 1,126,313 | 832,969 | -26.0% | 69.4% |
営業利益のブリッジ分析: 前年同期の営業利益16億31百万円から、当期の営業利益10億43百万円への変動要因を分解すると、以下のようになる 。
- ①売上高増加による利益増加: 434億70百万円 – 387億49百万円 = 47億21百万円の売上増 。売上総利益率は25.4%であるため、これによる利益増加分は約47.21億円 × 25.4% = 11.99億円。
- ②売上総利益率の悪化による利益減少: 売上総利益率は前年同期から0.2ポイント減少している 。売上総利益の絶対額は、99億23百万円から110億22百万円に増加しているが 、売上高に対する比率では低下している。
- ③販管費の増加による利益減少: 販管費は前年同期の87億19百万円から当期は104億22百万円へと17億2百万円増加している 。これは主に新規出店に伴う費用負担や人件費の増加が原因と考えられる 。
この分析から、新規出店が売上を大きく押し上げたものの、それが利益に貢献するまでには至っていないことが明確である 。売上総利益率の低下(前年同期比0.2ポイント減)と販管費の急増(売上高に対する比率が前年同期比1.5ポイント増の24.0%)が、増収効果を相殺し、大幅な減益をもたらした構造が浮き彫りになる 。特に、人件費や各種経費の増加が、利益率を圧迫する最大の要因であると判断できる 。
B/S分析: 当第3四半期会計期間末の総資産は275億43百万円となり、前事業年度末から13億43百万円増加している 。この増加は主に、新規出店に伴う建物やリース資産、工具器具及び備品の増加など、固定資産の増加(11億22百万円増)によるものである 。負債も同様に、買掛金やリース債務の増加により10億70百万円増加し、104億21百万円となった 。結果として、自己資本比率は62.2%と、前事業年度末の64.3%からやや低下したものの、引き続き高い水準を維持しており、財務健全性は保たれていると言える 。
運転資本の分析: CCC(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)を構成する各指標を算出し、その変化を分析する。
- 売上債権回転日数 (DSO): (売掛金 / 売上高) × 365日
- 2024年9月期3Q累計: (935,659千円 / 38,749,486千円) × 365日 = 約8.8日
- 2025年9月期3Q累計: (1,256,834千円 / 43,470,250千円) × 365日 = 約10.5日 DSOは微増している。
- 棚卸資産回転日数 (DIO): (商品及び製品 / 売上原価) × 365日
- 2024年9月期3Q累計: (1,136,505千円 / 28,826,440千円) × 365日 = 約14.4日
- 2025年9月期3Q累計: (1,390,694千円 / 32,447,398千円) × 365日 = 約15.7日 DIOも増加傾向にある。これは、売上増に対応するための在庫積み増しや、新店開店に伴う初期在庫の増加が主な要因と考えられる。
- 仕入債務回転日数 (DPO): (買掛金 / 売上原価) × 365日
- 2024年9月期3Q累計: (3,133,311千円 / 28,826,440千円) × 365日 = 約39.7日
- 2025年9月期3Q累計: (3,682,269千円 / 32,447,398千円) × 365日 = 約41.4日 DPOも増加している。
結果として、CCC = DSO + DIO – DPO で計算すると、2024年9月期3Q累計のCCCは約-16.5日、2025年9月期3Q累計は約-15.2日となる。CCCはマイナスを維持しており、仕入債務の支払サイトが棚卸資産回転日数と売上債権回転日数の合計を上回っている、つまり「他人資本」でビジネスを回せている非常に効率的な構造が維持されていることを示している。しかし、在庫回転日数の増加(DIOの増加)は、売上規模拡大に見合った効率的な在庫管理がなされているか、あるいは陳腐化リスクのある商品が増加していないか、引き続き注視する必要がある。
キャッシュフロー(C/F)分析: 当第3四半期累計期間に係るキャッシュ・フロー計算書は作成されていない 。しかし、営業利益と四半期純利益の乖離を分析することで、利益の質をある程度評価できる。当期は、営業利益が10億43百万円に対し、四半期純利益は8億32百万円であり、税金費用を除いても大きな乖離はない 。これは、当期に固定資産受贈益(1億46百万円)や受取解決金(6,701万円)といった特別利益が計上されたことと、減損損失(1,801万円)が計上されたことが影響している 。特別利益を除いた実態ベースでは、本業の収益力が低下していることが明確である。
資本効率性の評価:
- ROIC (Return on Invested Capital): ROIC = NOPAT (税引後営業利益) / 投下資本
- NOPAT = 営業利益 × (1 – 実効税率)
- 投下資本 = 有形・無形固定資産 + 運転資本 当期の営業利益10億43百万円、実効税率を約30%と仮定すると、NOPATは約7億30百万円となる。投下資本は、当期末の固定資産合計166億49百万円と運転資本(流動資産108億94百万円 – 流動負債65億32百万円 = 43億62百万円)の合計、約210億円となる 。 ROIC = 7.30億円 / 210億円 ≈ 3.5%
- WACC (Weighted Average Cost of Capital): 同社の有利子負債は比較的少なく、自己資本比率が高い 。金利上昇局面ではあるが、WACCは3%程度と仮定できる。 ROIC (3.5%) > WACC (3%) となり、かろうじて企業価値を創造していると評価できるが、その差は非常に小さい。これは、新規出店による先行投資負担が増加し、投下資本が増大している一方で、本業の利益率が低下しているため、ROICが低下していることを示唆している。経営陣は、新規出店に伴う投下資本に対して、それを上回るリターンをいかに生み出すかという課題に直面している。
- ROE (Return on Equity): ROE = 当期純利益 / 自己資本
- 2024年9月期3Q累計: 11億26百万円 / 168億49百万円 ≈ 6.7%
- 2025年9月期3Q累計: 8億32百万円 / 171億22百万円 ≈ 4.9% ROEは前年同期から大幅に低下している。 デュポン分解: ROE = (純利益 / 売上高) × (売上高 / 総資産) × (総資産 / 自己資本)
- 2024年9月期3Q累計: 2.9% × 2.30 × 1.55
- 2025年9月期3Q累計: 1.9% × 2.37 × 1.61 純利益率(当期純利益/売上高)が2.9%から1.9%へと大幅に悪化していることが、ROE低下の最大の要因であることが明確である。総資産回転率と財務レバレッジは微増しているものの、利益率の悪化を補うには至っていない。これは、新規出店による売上増はあったものの、それが利益に結びついていないという、P/L分析で明らかになった課題と整合性が取れている。
4. 【核心】セグメント情報の徹底解剖
ダイイチは、単一セグメント(食料品主体のスーパーマーケット事業)であるため、セグメント情報に詳細な記載はない 。しかし、地域別の売上高は開示されており、これに基づいて分析を行う。
- 帯広ブロック: 170億34百万円 (前年同期比9.6%増)
- 旭川ブロック: 106億66百万円
- 札幌ブロック: 157億66百万円 (前年同期比26.5%増)
このデータから、
札幌ブロックが全体の成長を大きく牽引していることがわかる。これは、2024年9月にオープンした稲田店や、2025年3月にオープンしたアリオ札幌店といった新規出店が、札幌ブロックに集中していることと整合性が取れる 。特に、アリオ札幌店は本格稼働後、月間売上高が全店1位で推移しており、稲田店も周辺テナントとの相乗効果で売上を大きく伸ばしている 。このことから、同社の新規出店戦略は、売上拡大という点では非常に効果的に機能していると評価できる。
一方で、利益貢献については課題が残る 。新規出店に伴う経費負担が大きく、利益面での貢献には時間を要するとの記述がある 。これは、新規出店が売上成長のドライバーとなっている一方で、全社的な利益率の低下を引き起こす要因にもなっていることを示唆している。経営陣のポートフォリオ・マネジメントとしては、売上成長を優先する戦略が取られているが、今後は新規出店の投資回収をいかに早め、全社利益への貢献度を高めるかが焦点となる。
5. 経営計画の進捗と経営陣の評価
同社は、2025年9月期の通期業績予想を据え置いており、売上高585億円、営業利益16.5億円、経常利益16.5億円、当期純利益12億円を目標としている 。
- 売上高の進捗率: 434億70百万円 / 585億円 = 74.3%
- 営業利益の進捗率: 10億43百万円 / 16.5億円 = 63.2%
- 経常利益の進捗率: 10億26百万円 / 16.5億円 = 62.2%
- 当期純利益の進捗率: 8億32百万円 / 12億円 = 69.4%
売上高は計画に対して順調に進捗しているものの、利益項目はいずれも計画を下回る進捗率となっている 。特に営業利益の進捗率63.2%は、下期(第4四半期)に約6億円の営業利益を稼ぐ必要があることを意味する。これは、前年同期の第4四半期の営業利益(約4億円と推測)を大きく上回る水準であり、達成の蓋然性は低いと言わざるを得ない。
この状況で業績予想を据え置いた経営判断は、やや楽観的であると評価せざるを得ない。考えられる背景としては、新規出店店舗の損益改善が想定を上回るペースで進む見込みであるか、あるいは既存店で大幅なコスト削減策が下期に実行される計画があるかのいずれかだが、決算短信からはその具体的な根拠を読み取ることは困難である。経営陣の需要予測能力やコスト管理能力に疑問符がつく結果であり、今後の株主との対話において、この点に関する具体的な説明責任が求められるだろう。
6. 将来シナリオと株価のカタリスト/リスク
強気シナリオ (蓋然性: 20%):
- 前提条件: 物価上昇が一段落し、消費者の購買意欲が回復する。新規出店店舗が想定を上回るペースで早期に黒字化し、既存店への送客効果も生まれる。人件費や光熱費の増加が落ち着き、販管費が想定以下に抑制される。
- 予測レンジ: 売上高 590億円~610億円、営業利益 17億円~19億円。
- カタリスト:
- 新規出店店舗の早期黒字化に関する具体的な開示。
- 「セブンプレミアム商品」の拡販が奏功し、粗利率が改善する。
- 既存店売上高のプラス成長転換。
基本シナリオ (蓋然性: 65%):
- 前提条件: 厳しい事業環境は継続し、消費者の節約志向は変わらない。新規出店は売上増に貢献するが、コスト負担が重く、利益率の改善には至らない。販管費は引き続き増加傾向。
- 予測レンジ: 売上高 580億円~590億円、営業利益 14億円~16億円。
- リスク:
- 新規出店の投資回収が長期化し、利益成長を阻害する。
- 価格競争が激化し、粗利率がさらに低下する。
- 通期業績予想の下方修正。
弱気シナリオ (蓋然性: 15%):
- 前提条件: 物価高騰と競争激化がさらに強まり、既存店売上が大きく落ち込む。新規出店コストが想定を上回り、利益を圧迫する。人件費の高騰が止まらず、販管費が計画を大きく超過する。
- 予測レンジ: 売上高 560億円~580億円、営業利益 10億円~13億円。
- リスク:
- 既存店の客離れが加速。
- 原価高騰と価格転嫁の失敗による粗利率の急激な悪化。
- 大規模な事業リストラや店舗閉鎖の発表。
7. バリュエーション(企業価値評価)
- 相対評価法: 同業他社のPER、PBRと比較する。
- マックスバリュ北海道 (7466): PER約15倍、PBR約0.5倍
- ラッキー (9940): PER約20倍、PBR約0.8倍 同社の株価は、通期予想EPS106.13円 と当期純利益の進捗率(69.4%)から算出される調整後EPS(83.2百万円 / 11,291,000株 = 73.77円、通期では約106円) に基づくと、PERは約15倍から20倍のレンジで評価されるのが妥当と判断できる。現在の株価がPER15倍程度であれば妥当な水準であり、割安感は乏しい。新規出店による成長期待がある一方で、利益率悪化という明確なリスクが存在するため、業界平均に対して大きなプレミアムは与えにくい。
- 絶対評価法: 簡易的なDCF法を用いて理論株価を試算する。
- 仮定:
- WACC: 3.5%
- 永久成長率 (g): 1.0% (緩やかな人口減少と市場飽和を考慮)
- FCF (フリーキャッシュフロー): 営業CFから投資CFを差し引いた額。当期はキャッシュフロー計算書が開示されていないため、営業利益10億43百万円から保守的に算出する。将来の設備投資は現状維持レベルと仮定し、約10億円と見積もる。
- FCF = NOPAT – 設備投資 ≈ 7.3億円 – 10億円 = -2.7億円 この試算ではFCFがマイナスとなるため、DCF法による理論株価の算出は現実的ではない。これは、新規出店に伴う先行投資が大きく、キャッシュアウトが先行している状況を反映している。
- 仮定:
8. 総括と投資家への提言
ダイイチの2025年9月期第3四半期決算は、新規出店戦略による売上成長は明確に示されたものの、利益率の悪化という深刻な課題が浮き彫りになった 。増収減益という構図は、市場環境の厳しさと競争激化、そして新規出店に伴う先行投資負担の重さを物語っている 。
核心的な投資魅力:
- 新規出店による売上成長が着実に進行している点 。
- 地域密着型のビジネスモデルとセブン&アイグループとの連携による商品力 。
- 財務健全性が維持されている点 。
最大の懸念事項:
- 新規出店の投資回収が想定よりも長期化し、全社利益を圧迫し続けるリスク 。
- 競争激化と消費者の節約志向による、既存店の利益率低下が常態化する可能性 。
- 通期業績予想の達成に向けた明確な利益改善策が示されていない点。
投資スタンス: これらの分析を総合すると、新規出店による成長期待は評価できるものの、利益率悪化という明確なリスクと、通期計画達成への不確実性を鑑み、**「中立」**を維持する。
投資家が注視すべき最重要KPIとイベント:
- 新規出店店舗(アリオ札幌店、千歳店など)の利益貢献度: 次回決算で、これらの店舗がどの程度利益に貢献し始めているか、具体的な開示がなされるかが鍵となる。
- 既存店の売上総利益率: 競争激化の中で、価格競争に陥らずに利益率を維持できるか。
- 販管費の動向: 人件費や光熱費などのコスト増加を、いかに抑制できるか。
- 経営陣からの通期計画に関する追加コメント: 通期計画を据え置いた根拠が具体的に説明されるか、あるいは下方修正に踏み切るか。
- 自己株式の取得状況: 2025年7月1日以降も43,100株、7,761万円の自己株式を取得していることから、株主還元の姿勢は継続している 。今後の動向も重要となる。
これらの動向を慎重に監視し、利益改善の兆候が見られれば投資スタンスを強気に転換する可能性があるが、現状ではリスクとリターンが見合っているとは言えない。