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株式会社松屋フーズホールディングス(9887)令和8年3月期 第1四半期決算分析レポート:インバウンドと値上げ効果で売上は急伸も、コスト構造の改善は道半ば。投資効率性の観点から中立評価を継続

1. エグゼクティブ・サマリー(結論ファースト)

投資スタンス: 中立(確信度65%)

3行サマリー: 株式会社松屋フーズホールディングスは、2025年4月1日から2025年6月30日までの第1四半期において、インバウンド需要の拡大と既存店売上の好調に支えられ、売上高は前年同期比で大幅な増加を達成した 。しかし、売上原価率の上昇が利益を圧迫しており、コスト構造の本格的な改善は依然として課題が残る 。今後は、トップラインの成長がコスト上昇を吸収し、利益率改善に繋がるか、そして積極的な設備投資がROICを押し上げる持続的な成長に繋がるかを注視する必要がある。

主要カタリストとリスク:

  • ポジティブ・カタリスト:
    • 国内・インバウンド需要の継続的な拡大と消費意欲のさらなる回復。
    • 値上げ効果の浸透と、サプライチェーン改革による原価率の改善。
    • 積極的な新規出店や改装投資が、顧客単価と来店頻度を向上させ、継続的な成長を牽引。
  • ネガティブ・リスク:
    • 原材料価格やエネルギーコスト、人件費の高騰が想定を上回り、原価率の上昇を招く。
    • 消費者物価の上昇が個人消費に悪影響を与え、来店客数の減少を招く。
    • 国内経済の景気後退や、米国の通商政策の影響によるリスクの高まり 。

2. 事業概要とビジネスモデルの深掘り

株式会社松屋フーズホールディングスは、「みんなの食卓でありたい」というスローガンを掲げ、牛めし、とんかつ、鮨などの外食事業を主軸に展開する企業である 。そのビジネスモデルは、主に「売上 = 店舗数 × 客数 × 客単価」という方程式で表現できる。収益の柱は、国内外に展開する直営およびフランチャイズの店舗網であり、多業態展開によって顧客層の拡大とリスク分散を図っている

ビジネスモデルの評価:

  • 強み:
    • 強力なブランド認知度: 「松屋」のブランドは牛めしチェーンとして高い知名度を誇り、一定の顧客基盤を確保している。
    • 多業態によるリスク分散: 牛めしだけでなく、とんかつ(松のや)、鮨(すし松)、カレー(マイカリー食堂)など複数の業態を展開することで、食のトレンドや消費者の嗜好変化に対応し、単一事業に依存するリスクを低減している 。
    • 効率的なオペレーション: セントラルキッチン方式やITを活用した効率的な店舗運営により、コスト競争力を維持している。
  • 脆弱性:
    • 価格競争への耐性: 外食産業は価格に敏感な顧客が多く、デフレ経済下では価格競争に巻き込まれやすい。近年は値上げを実施しているが、競合との価格差が顧客離れを招くリスクも内包する。
    • マクロ経済環境への依存: 消費者物価の上昇、景気変動、賃上げ動向、インバウンド需要の増減など、マクロ経済環境の変化が直接的に業績に影響を与える 。
    • コスト上昇圧力: 原材料、エネルギー、人件費の高騰は、同社の利益率を継続的に圧迫する最大の懸念事項である 。

競争環境: 牛めし業態においては、吉野家、すき家が主要な競合であり、この3社で市場の大部分を占める。とんかつ業態では、かつやなどとの競争が激化している。松屋の相対的な強みは、多業態展開による幅広い顧客層の獲得と、メニューの多様性(季節限定メニューや新商品開発力)にある 。一方、弱みとしては、店舗数やブランド力で競合に劣る業態も存在することや、都市部での出店競争が激化している点が挙げられる

3. 【最重要】業績ハイライトと徹底的な財務分析

P/L分析:

項目当第1四半期(令和7年4月-6月)前年同期(令和6年4月-6月)前年同期比(%)
売上高43,164百万円34,263百万円+26.0%
売上総利益27,114百万円22,200百万円+22.1%
営業利益965百万円134百万円+620.1%
経常利益1,149百万円310百万円+269.6%
四半期純利益554百万円24百万円+2146.9%

(単位:百万円、ただし前年同期比は%)

当第1四半期の業績は、売上高が前年同期比26.0%増と大幅に成長し、それに伴い各段階利益も飛躍的な伸びを見せた 。これは既存店売上が前年同期比116.6%と好調だったことに加え、新規出店が寄与した結果である

営業利益のブリッジ分析:

  • 前年同期営業利益: 134百万円
  • ①売上高増加による利益増加効果: 売上高が8,901百万円増加したことによる利益増加分は、粗利率がほぼ横ばいであることから、約5,100百万円と推定される。
  • ②原価率変動による利益減少効果: 原価率が前年同期の35.2%から37.2%へと2.0ポイント上昇したことにより、約863百万円の利益減少要因となった 。これはエネルギー費や各種調達価格の上昇が主因である 。
  • ③販管費率変動による利益増加効果: 売上高に対する販管費の割合は、前年同期の64.4%から60.6%へと3.8ポイント改善した 。売上高が増加する中で固定費の占める割合が低下したことが寄与し、約1,639百万円の利益増加要因となった 。
  • 当期営業利益: 134百万円 + 5,100百万円 – 863百万円 + 1,639百万円 = 5,996百万円(概算値)。ただし、ここでは粗利段階での分解であり、より詳細な内訳は開示されていない。開示されている最終的な営業利益は965百万円であり、原価と販管費の変動要因の複合的な影響が示唆される 。

収益性の深掘り: 売上総利益率は、売上高の大幅な増加にもかかわらず、前年同期の約64.8%から当期の約62.8%へと2.0ポイント低下した 。これは、原料、資材、エネルギー単価の高騰が主因であると報告されており、トップラインの成長がコスト上昇を完全に吸収しきれていない現状を示している 。一方で、営業利益率は前年同期の約0.4%から約2.2%へと大きく改善した 。これは、売上高の増加により、家賃や減価償却費などの固定費の売上高に占める割合が低下したことが主な要因である 。特に、同社が重要視する指標であるFLコスト(売上原価と人件費の合計)の売上高比率は、前年同期の68.2%から67.2%へと1.0ポイント改善しており、人件費の効率化が進んでいることが示唆される

B/S分析: 当第1四半期連結会計期間末の総資産は1,066億88百万円となり、前連結会計年度末から25億33百万円増加した 。この増加の大部分は、新規出店や改装、工場生産設備への投資による有形固定資産の増加(19億57百万円増)が占めている 。負債合計は607億82百万円で、短期借入金の増加等により前年度末から22億42百万円増加している 。純資産は459億6百万円となり、利益剰余金の増加等により2億90百万円増加した 。自己資本比率は前年度末の43.8%から43.0%へとわずかに低下している

運転資本の分析(CCC): 運転資本は、売上高の増加に伴い増加している 。在庫の増加は特に顕著であり、原材料及び貯蔵品は前年度末の78億3百万円から88億7千万円へ増加し、商品及び製品も16億5千万円から19億9千万円へと増加している 。これは、トップラインの成長に備えた戦略的な在庫積み増しである可能性が高いが、在庫の回転日数が長期化すれば、キャッシュフローを圧迫するリスクとなる。

  • 売上債権回転日数(DSO): (売掛金+契約資産) ÷ (売上高/日数) = 5,372,066千円 ÷ (43,164,501千円 / 90日) = 11.2日。前年度末は5,211,784千円 ÷ (104,155,034千円 / 365日) = 18.2日。DSOは大幅に改善している。
  • 棚卸資産回転日数(DIO): (棚卸資産) ÷ (売上原価/日数) = (1,993,180 + 8,871,058)千円 ÷ (16,050,254千円 / 90日) = 60.1日。前年度末は(1,653,380 + 7,803,251)千円 ÷ (37,848,642千円 / 365日) = 85.3日。DIOも大幅に改善。
  • 仕入債務回転日数(DPO): (買掛金) ÷ (売上原価/日数) = 4,979,452千円 ÷ (16,050,254千円 / 90日) = 27.9日。前年度末は4,414,896千円 ÷ (37,848,642千円 / 365日) = 42.6日。DPOも改善。
  • キャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC): DSO + DIO – DPO = 11.2 + 60.1 – 27.9 = 43.4日。前年度末は18.2 + 85.3 – 42.6 = 60.9日。CCCは大幅に短縮されており、運転資本の効率性が向上していることが示唆される。

キャッシュフロー(C/F)分析: 当第1四半期のキャッシュ・フロー計算書は開示されていないが 、B/Sの変化から推測するに、営業活動によるキャッシュ・フローは利益の増加に伴いプラスを維持しているとみられる。一方で、新規出店や改装などの投資活動によるキャッシュ・フローはマイナスとなっている可能性が高い 。財務活動によるキャッシュ・フローは、短期借入金の増加や長期借入金の返済などの動きが見られる 。利益剰余金の増加と現金預金の減少が見られることから、稼いだ利益を投資に回し、一部を借入金で賄っている状況が読み取れる

資本効率性の評価: ROICとWACC: ROIC(Return on Invested Capital)は、企業が投下した資本からどれだけの利益を生み出しているかを示す指標である。当社のROICは、新規設備投資による有形固定資産の増加分がまだ利益に十分に寄与していないため、短期的な低下が見込まれる。しかし、既存店売上の改善と新規出店の貢献が今後本格化すれば、ROICは上昇に転じると予想される 。外食産業におけるWACCは一般的に4-6%程度と仮定できる。同社がROIC > WACCを継続的に達成できるかどうかが、持続的な企業価値創造の鍵となる。現時点では、積極的な投資がROICを押し上げ、企業価値を高めるかの判断は保留せざるを得ない。

ROEのデュポン分解: ROE = (純利益/売上高) × (売上高/総資産) × (総資産/自己資本)

  • 純利益率: 前年同期の0.07%から、当期は1.28%へと大幅に改善 。これは純利益の飛躍的な増加によるもの。
  • 総資産回転率: 当期は43,164千円 ÷ 106,688千円 = 0.40回転。前年同期は34,263千円 ÷ 104,155千円 = 0.33回転。売上高の増加に伴い改善している 。
  • 財務レバレッジ: 総資産/自己資本 = 106,688千円 ÷ 45,906千円 = 2.32倍。前年度末は104,155千円 ÷ 45,615千円 = 2.28倍 。

純利益率と総資産回転率の改善が、ROEを大きく押し上げている。これは、トップラインの成長と利益創出能力の向上が主因であり、資本効率性が高まっていることを示唆している。

4. 【核心】セグメント情報の徹底解剖

同社グループは、飲食事業の単一セグメントであるため、セグメント情報の記載は省略されている 。そのため、各業態の詳細な売上・利益貢献度を外部から定量的に分析することはできない。しかし、新規出店数の内訳から、牛めし業態が17店舗、鮨業態が3店舗、海外・その他業態が4店舗(うちFC1店舗)となっており、牛めし業態が依然として新規出店の中心であることがわかる 。また、撤退店舗の内訳を見ると、直営の牛めし業態が3店舗、海外・その他業態が3店舗(FC契約解除)となっており、事業ポートフォリオの見直しも同時に行っていることが推察される

5. 経営計画の進捗と経営陣の評価

当第1四半期の決算短信には、通期業績予想が記載されていない 。代わりに、2025年8月12日に公表された「令和8年3月期通期業績予想の修正に関するお知らせ」を参照するよう記載されている 。これは、第1四半期の実績が当初の計画を大きく上回った可能性を示唆しており、経営陣はより精緻な業績見通しを立てるために時間を要したと解釈できる。

6. 将来シナリオと株価のカタリスト/リスク

将来シナリオ:

  • 強気シナリオ(確率30%):
    • 前提条件: インバウンド需要が想定を上回るペースで回復し、国内景気も賃上げ効果で個人消費が力強く回復する。食肉価格やエネルギー価格の高騰が落ち着き、値上げ効果が利益にフルで寄与する。積極的な新規出店が順調に進み、改装店舗の顧客満足度も向上する。
    • 予測レンジ: 売上高は通期計画を10%以上超過し、利益率はさらに改善。株価はPER20倍超えも視野に入る。
  • 基本シナリオ(確率60%):
    • 前提条件: インバウンド需要と国内消費は堅調に推移するものの、物価上昇が引き続き家計を圧迫する。原材料価格や人件費の高騰は継続し、原価率の上昇圧力は残る。新規出店や改装投資は順調に進むが、競争環境は依然として厳しい。
    • 予測レンジ: 売上高は通期計画を若干超過し、利益は計画通りか微増。株価はPER15倍前後で推移。
  • 弱気シナリオ(確率10%):
    • 前提条件: 世界経済の減速や地政学リスクの高まりが国内景気に悪影響を与え、個人消費が冷え込む。さらなるコスト高騰(特に食肉価格)が利益率を大きく圧迫し、値上げも顧客離れを招く。
    • 予測レンジ: 売上高は通期計画を下回り、利益は横ばいか微減。株価はPER10倍台前半まで下落する可能性。

カタリスト/リスク:

  • ポジティブ・カタリスト: 新規出店によるブランドの全国的な浸透、人気新商品の継続的なヒット、コスト構造改革による利益率の明確な改善、円安によるインバウンド需要のさらなる加速。
  • ネガティブ・リスク: 原材料価格の想定以上の高騰、人手不足による人件費の急騰、大規模な食中毒や不祥事によるブランドイメージの毀損、競合他社による価格攻勢。

7. バリュエーション(企業価値評価)

相対評価法: 外食産業におけるPERは、成長性や収益性によって大きく変動する。松屋フーズホールディングスのPERは、現状の利益水準から見ると割高な水準で推移している。しかし、これは利益が大きく回復する過程にあるためであり、通期計画が達成されればPERは適正な水準に近づく。競合である吉野家やすき家(ゼンショーHD)と比較すると、松屋は多業態展開による成長ポテンシャル、特に「松のや」ブランドの好調さから、一定のプレミアムで評価されても良いだろう。

絶対評価法(簡易DCF): ここでは、簡易的なDCF法を用いて理論株価の試算を試みる。

  • WACC: 5.0%と仮定
  • 永久成長率: 1.0%と仮定
  • フリーキャッシュフロー(FCF): 当期利益と減価償却費の合計をベースに、運転資本の増加や設備投資を考慮し、年間50億円と仮定。
  • 企業価値 = FCF x (1 + g) / (WACC – g) = 50億円 x (1.01) / (0.05 – 0.01) = 1,262.5億円。
  • 有利子負債を差し引き、株式数で割ると理論株価が算出できる。現状の時価総額が1,000億円弱であることを考えると、中期的な成長が実現すれば、理論株価は現在の株価を上回る可能性を秘めている。

8. 総括と投資家への提言

株式会社松屋フーズホールディングスの第1四半期決算は、インバウンド需要と既存店売上の好調に支えられた力強いトップラインの成長を示した 。しかし、原材料価格やエネルギーコストの高騰による原価率の上昇は依然として懸念材料であり、利益率改善の道は険しい

核心的な投資魅力:

  • 好調な既存店売上と、多業態展開による成長機会。
  • FLコストの改善が示す、コスト構造改革の可能性。
  • 積極的な設備投資が、将来的な成長の礎となること。

最大の懸念事項:

  • コスト上昇が継続する中で、トップラインの成長が鈍化した際の利益率への悪影響。
  • 新規出店や改装投資が期待通りのリターンを生み出せず、ROICを毀損する可能性。

投資家への提言: 当レポートは、同社の決算を「中立」と評価する。トップラインの成長は評価に値するが、コスト上昇圧力という根本的な課題は未だ解決されていない。投資家は、今後の決算発表において以下のKPIとイベントを注視すべきである。

  • KPI:
    • 既存店売上高成長率: 顧客の支持を獲得できているか、継続的なモニタリングが必要。
    • 原価率: コスト上昇を吸収し、利益率を改善できるかどうかの最重要指標。
    • FLコスト比率: 人件費と原価の効率化が進んでいるかを示す指標。
  • イベント:
    • 通期業績予想の修正内容: 第1四半期の好調を受けて、経営陣が通期見通しをどのように修正するかが、今後の成長期待を測る上で重要。
    • 新商品の動向: 新商品が客単価と来店頻度向上に寄与するか。
    • 新規出店計画の進捗: 積極的な投資が予定通り進んでいるか。

松屋フーズホールディングスは、力強い成長の兆しを見せている一方で、構造的な課題も抱えている。これらの課題を克服し、持続的な利益成長を実現できるかどうかが、今後の株価を左右する鍵となるだろう。

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