投資スタンス:中立(Neutral) 確信度:50% (時間軸:短期(12ヶ月)では弱気、中長期(24ヶ月以上)ではカタリスト次第で強気に転換の可能性)
1. エグゼクティブ・サマリー(結論ファースト)
3行サマリー
- 何が起きたのか: 株式会社Fusicは2025年6月期決算において、売上高19.5億円(前期比+8.5%)、営業利益2.7億円(同+30.7%)と過去最高益を更新し、市場予想を上回る力強い着地を見せた 。
- なぜそれが重要なのか: この好決算とは裏腹に、同社は2026年6月期の営業利益予想を前期比99.7%減の「ゼロ」に近い水準と発表 。これはAI-Native化、宇宙、M&Aといった領域への約13.5億円 に及ぶ戦略的先行投資を加速する「投資フェーズ」への移行を意味し、短期的な収益性を完全に犠牲にして中長期の非連続的成長を追求するという、極めて大胆かつハイリスク・ハイリターンな経営判断である。
- 次に何を見るべきか: 投資家の注目は、この「賭け」の成果に集約される。具体的には、①ディールサイズとシナジーを伴うM&Aの実行力、②宇宙関連ソフトウェア市場における大型案件の獲得状況、そして③AI-Native化投資がもたらす生産性向上の定量的効果、これら3つの進捗が将来の株価を左右する最重要ドライバーとなる。
主要カタリスト
- 大型M&Aの成功(蓋然性:中): 計画する10億円規模のM&A が、同業ロールアップによる規模拡大、あるいは異業種シナジー創出に繋がり、のれん償却前利益が大きく貢献するシナリオ。
- 宇宙事業のブレークスルー(蓋然性:低): アストロスケールとの提携 やJAXA案件の実績 を足掛かりに、国内外の政府機関や大手民間企業から数億円規模の大型・継続案件を獲得し、同事業が第二の収益柱として確立される。
- 生産性の非連続的向上(蓋然性:中): AI-Native開発プロセスへの2.5億円の投資 が奏功し、エンジニア一人当たりの売上高や利益率が競合を圧倒する水準まで劇的に改善。高収益体質へと変貌を遂げる。
主要リスク
- 投資の空振り・回収不能(蓋然性:中): 13.5億円の先行投資が具体的な売上・利益に結びつかず、コスト増だけが財務を圧迫する。特に技術革新の速いAI分野では、投資が陳腐化するリスクも存在する。
- M&Aの失敗(蓋然性:高): 競争激化の中で高値掴みを強いられたり、買収後のPMI(経営統合プロセス)に失敗したりすることで、シナジーどころか組織の混乱を招き、財務・事業両面で毀損を被る。
- 人材への過度な依存と流出(蓋然性:中): 同社の競争力の源泉は優秀なエンジニア人材 にある。投資フェーズにおける混乱や待遇への不満から、AWS Top Engineers をはじめとする中核人材が流出した場合、事業遂行能力が著しく低下する。
2. 事業概要とビジネスモデルの深掘り
株式会社Fusicは、福岡を拠点とするテクノロジーカンパニーであり、九州大学発のベンチャーとして創業した背景を持つ 。事業は大きく3つのサービスから構成される。
- クロステクノロジー(売上構成比 54.3% ): クラウド、AI、IoT等の先端技術を組み合わせ、顧客のDX課題を解決するカスタムシステム開発が中核。プライム(直接契約)案件を基本とし 、企画・設計から開発、実装までをワンストップで提供する 。売上はフロー型。
- MSP(Managed Service Provider)(同 38.1% ): 開発したシステムやAWS(Amazon Web Services)クラウドインフラの保守・運用、およびAWSの再販売を行う。収益の安定性に寄与するストック型ビジネス 。
- プロダクト(同 7.6% ): 自社開発のSaaSとして、360度評価ツール「360(さんろくまる)」 と学校・保育園向け連絡網サービス「sigfy(シグフィー)」 を展開。ストック型とフロー型のミックス。
収益モデルの数式表現と評価
同社の連結売上高は以下のように分解できる。
売上高=(sum_i=1n(顧客平均単価_itimes取引顧客数_i))∗textクロステクノロジー+(顧客数timesARPU)∗textMSP+(顧客数timesARPU)_textプロダクト
- 強み(Strength):
- 高い技術力と技術結合力: AWSから多数の表彰を受ける優秀なエンジニア集団 が最大の無形資産。クラウド、AI、IoTなど複数の技術領域を自社内で融合させ、最適なソリューションを提供する「技術結合力」 は、単一技術の専門ベンダーに対する明確な差別化要因となっている。
- プライム案件比率の高さ: 下請け構造から脱却し、顧客と直接対峙することで、高い利益率の確保と顧客ニーズの深い理解を両立している 。これが顧客単価の上昇(2025年6月期は前期比+24.0% )に直結している。
- ストック収益による安定基盤: 売上の約4割を占めるMSP事業 が安定的なキャッシュフローを生み出し、経営基盤を支えている。
- 脆弱性(Vulnerability):
- 人材への極端な依存: 事業の根幹が「人」であり、優秀なエンジニアの採用・育成・定着が成長の絶対条件 。人材獲得競争の激化や人件費の高騰は、収益性を直接的に圧迫する。
- AWSへの依存: MSP事業におけるAWS再販売や、クロステクノロジー事業におけるAWS基盤の活用は、Amazon Web Services, Inc.の戦略や料金体系の変更、あるいは万一のシステム障害といった外部要因に大きく影響されるリスクを内包する 。
- 労働集約型モデルからの脱却途上: 売上の過半を占めるクロステクノロジー事業は、本質的にエンジニアの工数に依存する。現在推進中の「AI-Native化」 が成功しなければ、売上成長が人員増に比例する線形成長から抜け出せない。
競争環境
同社は、大手システムインテグレーター(SIer)、クラウド専業ベンダー(クラスメソッド、アイレット等)、AI/IoT特化ベンダーなど、多様なプレイヤーと競合する。
- 対 大手SIer: Fusicは、中小型案件(数百万〜数千万円)における機動力、開発スピード、コスト効率で優位に立つ 。大手SIerが不得手とする領域で、柔軟かつ高品質なサービスを提供することでニッチを確立している。
- 対 専業ベンダー: クラウドやAIの単一技術では専業ベンダーに分がある場合もあるが、Fusicはこれらを複合的に組み合わせる「技術結合力」で勝負する 。顧客の複雑な課題に対し、特定技術に偏らない包括的な解決策を提示できる点が強みである。
3. 【最重要】業績ハイライトと徹底的な財務分析
P/L分析:過去最高益達成も、その中身を精査する
2025年6月期 損益計算書ハイライト(百万円)
| 勘定科目 | 2024/6期 | 2025/6期 | 前期比増減額 | 前期比増減率 | 会社計画比 | |:—|—:|—:|—:|—:|—:|
| 売上高 | 1,798 | 1,952 | +153 | +8.5% | 101.9% |
| 売上総利益 | 666 | 772 | +106 | +16.0% | – | | (粗利率) | (37.1%) | (39.6%) | (+2.5pt) | – | – |
| 販管費 | 459 | 502 | +42 | +9.3% | – |
| 営業利益 | 207 | 270 | +63 | +30.7% | 104.5% |
| (営業利益率) | (11.5%) | (13.9%) | (+2.4pt) | – | – |
| 経常利益 | 211 | 272 | +61 | +29.0% | 104.1% |
| 当期純利益 | 154 | 193 | +38 | +25.1% | 107.2% |
(出典:決算短信 よりアナリスト作成)
2025年6月期は、売上・各段階利益すべてで過去最高を記録する見事な決算であった。特筆すべきは、売上成長率(+8.5%)を大幅に上回る営業利益成長率(+30.7%)であり、営業利益率は2.4pt改善し13.9%に達した 。この収益性向上の背景を、営業利益ブリッジ分析で解き明かす。
【必須】営業利益ブリッジ分析(2024/6期 → 2025/6期)
(出典:決算補足説明資料 のデータを基にアナリスト作成)
前年同期の営業利益207百万円から、当期の270百万円への増益要因(+63百万円)は、以下のように分解される。
- ① 粗利改善効果(+106百万円): これが最大の増益ドライバーである。売上増(+153百万円)に加え、粗利率が37.1%から39.6%へ2.5pt改善した ことが大きい。これは、高単価・高利益率のクロステクノロジー事業(売上+21.3% )の伸長と、同事業内での付加価値向上による単価上昇(+24.0% )が直接的な要因である。「開発にかかる原価低減など、コストコントロールが奏功」 との定性的な説明もあるが、利益率の高い案件構成へのシフト(ミックス改善)が本質であろう。
- ② 販管費増加(▲42百万円): 将来の成長に向けた投資が利益を抑制した。内訳は、エンジニアやセールス人材の増員に伴う人件費増(▲105百万円のインパクトの一部) 、およびオフィス拡張やセキュリティ強化といった成長投資(▲23百万円のインパクトの一部) である。
- ③ その他費用抑制(+39百万円): 上記以外のコストコントロールが利益を押し上げた 。
So What: 2025年6月期の好業績は、単なる売上増によるものではなく、**事業ポートフォリオの高付加価値化と、それに伴う粗利率の改善という「質の高い成長」**によってもたらされたことが確認できる。これは経営陣の戦略が奏功している証左であり、高く評価できる。
B/S分析:キャッシュ創出能力に黄信号か
自己資本比率は67.2%から72.4%へと向上し、財務の安全性は高い 。しかし、運転資本の状況を精査すると、懸念材料が浮かび上がる。
【必須】運転資本(キャッシュ・コンバージョン・サイクル)分析
指標 | 2024/6期 | 2025/6期 | 変化 | 評価 | ||
DSO (売上債権回転日数) | 61.5日 | 75.3日 | +13.8日 | 悪化 | ||
DIO (棚卸資産回転日数) | 32.0日 | 21.7日 | -10.3日 | 改善 | ||
DPO (仕入債務回転日数) | 30.0日 | 24.2日 | -5.8日 | 悪化 | ||
CCC (キャッシュ・コンバージョン・サイクル) | 63.5日 | 72.8日 | +9.3日 | 悪化 | ||
(出典:決算短信 のデータを基にアナリスト算出) |
Why: CCCが9.3日悪化した主因は、売上債権回転日数(DSO)の急激な悪化である。これは、売上高の伸びを上回るペースで売掛金が増加(+52%)した ことを意味する。考えられる要因は、①第4四半期に売上が偏重した、②案件大型化に伴い、検収・支払サイトが長期化した、の2点である。特に大手インフラ企業やパブリックセクター向けの案件増 が後者の要因となっている可能性が高い。一方で、棚卸資産(仕掛品)の回転日数(DIO)が改善している点はポジティブであり、プロジェクト管理が効率化していることを示唆する。
So What: CCCの悪化は、売上成長が必ずしもキャッシュ創出に繋がっていないことを示す。利益(P/L)は好調でも、運転資本への投下キャッシュが増加し、フリーキャッシュフローを圧迫している構図だ。この傾向が続けば、成長のための資金を外部調達に頼る必要性が増し、財務の柔軟性が損なわれるリスクがある。
C/F分析:利益の質を問う
- 営業CF(134百万円): 前期(56百万円)から増加したものの、当期純利益(193百万円)を大きく下回る 。この乖離(アクルーアル)の主因は、前述の通り売上債権の増加(CF計算書上 ▲100百万円のマイナスインパクト )である。利益の質という観点からは、やや注意が必要なシグナルと言える。
- 投資CF(▲32百万円): 前期(▲104百万円)から支出が大幅に減少 。これは主に有形固定資産の取得が一段落したためである 。
- 財務CF(▲94百万円): 自己株式取得(▲28百万円) や長期借入金の返済(▲43百万円) により、株主還元と財務健全化を進めている。
資本効率性の評価:価値創造サイクルは機能しているか
【必須】ROIC vs WACC
- ROIC(投下資本利益率):16.5%
- NOPAT (税引後営業利益) = 270百万円 × (1 – 実効税率28.9%) = 192百万円
- 投下資本 (純資産 + 有利子負債) ≒ 1,165百万円(期末純資産+固定負債で概算)
- WACC(加重平均資本コスト):約9.0%~9.5%(アナリスト推定)
- グロース市場のハイテク企業として、相応の株主資本コストを想定。
ROIC (16.5%) > WACC (9.x%) の関係が成立しており、同社が株主・債権者から調達した資本コストを上回るリターンを上げ、企業価値を創造していることは明確である。
ROEのデュポン分解
- ROE (18.4%) = 純利益率 (9.9%) × 総資産回転率 (1.30) × 財務レバレッジ (1.43) (出典:決算短信のデータを基にアナリスト算出)
2024年6月期のROE 17.6%からの上昇は、主に**純利益率の改善(8.6% → 9.9%)**によってもたらされた。これはP/L分析で指摘した「質の高い成長」を裏付けるものであり、財務レバレッジに頼らない健全な収益性向上が確認できる。
4. 【核心】セグメント情報の徹底解剖
同社はDX事業の単一セグメントであるが 、サービス別の売上高が事業ポートフォリオの実態を物語る。
サービス別売上高(百万円) | サービス | 2024/6期 | 2025/6期 | 前期比増減率 | 全社売上への貢献 | |:—|—:|—:|—:|:—| | クロステクノロジー | 873 | 1,059 | +21.3% | 成長ドライバー | | MSP | 805 | 744 | -7.6% | 足かせ | | プロダクト | 119 | 148 | +24.2% | 高成長エンジン | | 合計 | 1,798 | 1,952 | +8.5% | |
(出典:決算補足説明資料 よりアナリスト作成)
Why:
- 好調セグメント(クロステクノロジー、プロダクト): クロステクノロジーの成功は、前述の通り「顧客深耕による平均単価の上昇」 が全てを物語る。プロダクトも、大手企業や大規模自治体への導入 が進み、高成長を維持している。これらは同社の技術力と提案力が直接的に収益に結びつく事業領域である。
- 不振セグメント(MSP): 減収の要因は「円安に伴うクラウド利用量の抑制、大口顧客に対するクラウド利用コストの最適化提案」 と説明されている。これは、顧客のコスト削減に貢献するという付加価値提供の結果であり、短期的には減収要因だが、長期的には顧客とのリレーションシップ強化(スイッチングコストの向上)に繋がる可能性がある。事実、第4四半期には前年同期比+2.4%と増収に転じており 、底打ちの兆しが見える点はポジティブな材料だ。
So What: ポートフォリオ全体として、フロー型の高付加価値事業が成長を牽引し、ストック型の安定事業が一時的な調整局面にあるという構図。MSP事業の減収は、顧客への価値提供という側面を考慮すれば過度に悲観する必要はなく、むしろ顧客エンゲージメントの深化と捉えるべきかもしれない。今後の焦点は、MSP事業が再び成長軌道に戻るか、そして高成長を続けるクロステクノロジーとプロダクトの勢いを維持できるかにある。
5. 経営計画の進捗と経営陣の評価
2025年6月期計画 vs 実績: 修正後の会社計画に対し、売上・利益ともに超過達成しており 、経営陣の事業運営能力、特に収益管理能力は高く評価できる。一方で、KPIのうち**「取引顧客数」が計画未達**に終わった点 は見逃せない。これは「セールス体制の強化が遅れた」 ためとされており、成長を加速させる上での組織的なボトルネックが露呈した形だ。顧客単価の上昇でカバーできたのは幸いだが、成長の両輪である「単価」と「数量」の一方が欠けた状態は持続可能ではない。
2026年6月期計画の評価: 売上高23.2億円(+19.2%)、営業利益0百万円(-99.7%) 。この計画は、通常の業績予想とは全く異質のものである。経営陣は、
「短期的な利益の最大化ではなく、中長期的な視点で高い成長を成し遂げることを優先」 するという明確な意思表示をした。
- 経営判断の妥当性: 生成AIの台頭など、テクノロジー業界が大きな転換点を迎えているという事業環境認識 に基づけば、このタイミングで大規模な先行投資に踏み切るという判断は、戦略的に理に適っている。何もしなければ、既存事業は早晩陳腐化し、ジリ貧に陥るリスクがある。この大胆な決断力は、ベンチャー精神を失っていない証左として評価したい。
- 経営陣の実行力への問い: しかし、計画はあくまで計画である。13.5億円もの投資を、M&A、AI-Native化、宇宙、プロダクト再構築という多岐にわたる分野で、的確かつ効率的に実行できるかは未知数だ。特に、これまで本格的な実績のないM&A において、巨額の資金を投じて成功を収めることができるか、経営陣の真の実行力が問われることになる。
6. 将来シナリオと株価のカタリスト/リスク
今後12~24ヶ月の業績シナリオ
- 基本シナリオ(蓋然性:50%): 会社計画通り、2026年6月期は売上23億円、営業利益はほぼゼロで着地。投資は計画通りに進捗するが、M&Aは1件(小規模)程度の実行に留まる。2027年6月期以降、AI-Native化による生産性改善と既存事業の成長で緩やかに利益は回復するが、中期計画(2028/6期に売上50億、営業利益7.5億) の達成には黄信号が灯る。株価は低位で安定。
- 強気シナリオ(蓋然性:20%): 2026年6月期中に、シナジー効果の高い中規模M&Aを2件成功させる。宇宙事業でアストロスケール等から大型の継続案件(年間1億円以上)を受注。AIコーディングエージェントの本格導入により、開発効率が30%以上改善し、2026年6月期後半から利益が上振れ始める。2027年6月期にはV字回復を遂げ、中期計画の前倒し達成も視野に入る。株価は再評価され、大きく上昇。
- 弱気シナリオ(蓋然性:30%): M&Aは不調に終わり、多額のDD(デューデリジェンス)費用だけが発生。宇宙事業も実証実験レベルの案件に留まり、収益化の目処が立たない。人員拡充に伴う固定費増と投資コストだけが重くのしかかり、2027年6月期も赤字、あるいは低収益の状態が続く。成長ストーリーが崩壊し、株価は公募価格(2,000円 )を大きく下回る水準まで下落する。
7. バリュエーション(企業価値評価)
2025年7月末時点の株価約2,000円、時価総額約25億円を基準に評価する。
- 相対評価法:
- 2025年6月期実績ベースのPERは13.1倍 、EV/EBITDAは6.1倍(アナリスト推定)と、過去の成長率を鑑みれば割安に見える。
- しかし、2026年6月期予想ベースでは、利益がほぼゼロのためPERは算出不能 。市場の評価尺度はPSR(株価売上高倍率)や、2027年6月期以降の予想利益に基づくForward PERに移行せざるを得ない。
- 2026年6月期予想売上23.2億円 に対するPSRは約1.1倍。これは類似のDX支援企業と比較しても特段割高ではないが、利益なき成長を市場がどこまで許容するかが焦点となる。
- 絶対評価法(簡易DCF法):
- 2026年6月期に大規模な投資を行うため、短期的なFCFは大幅なマイナスが見込まれる。バリュエーションは2027年6月期以降のFCF回復シナリオに大きく依存し、現時点での算出は極めて困難かつ恣意的にならざるを得ない。
- 仮に、中期計画で示された2028年6月期の営業利益7.5億円 が達成されると仮定した場合、その時点での企業価値は現在の時価総額を大幅に上回る可能性がある。しかし、その道のりは非常に不確実性が高い。
バリュエーション結論: 現状の株価は、**「2025年6月期までの実績」と「2026年6月期以降の成長期待の剥落」**がせめぎ合っている状態。今後の株価は、将来の成長ストーリーの蓋然性を市場がどう織り込んでいくかにかかっている。
8. 総括と投資家への提言
株式会社Fusicは、過去最高益という栄光の頂から、利益ゼロという「投資の谷」へ自ら飛び込もうとしている。これは、生成AIがもたらすパラダイムシフトを前に、現状維持が緩やかな死を意味するという経営陣の強い危機感の表れであり、その戦略的判断自体は評価されるべきである。
核心的な投資魅力: 九州大学発の確かな技術力と、それを基盤とした過去の高い成長実績。そして、変化を恐れず、未来のために大胆なリスクを取れる経営陣の姿勢そのものが、最大の魅力である。投資が成功した場合のリターンは非常に大きい。
最大の懸念事項: 「言うは易く行うは難し」であり、画餅に終わるリスクは決して小さくない。特に未経験のM&Aの成否と、多額の投資を回収できるだけの具体的な収益モデルの構築が急務である。投資フェーズが長期化し、成果が見えないまま時間と資金を浪費する事態が最も警戒される。
投資家への提言:
明確な投資スタンスとして**「中立(Neutral)」**を維持する。短期的な株価下落リスクは高いものの、長期的なアップサイドポテンシャルも否定できないため、現時点での積極的な売りも買いも推奨しない。
投資家は、単なる四半期決算の数字に一喜一憂するのではなく、以下の最重要KPIの進捗を冷静に、かつ厳しく監視すべきである。
- M&Aの進捗: IM(インフォメーション・メモランダム)受領数やTOP面談数 といったプロセス指標に加え、**実行された案件の具体的な内容(事業内容、取得価額、EBITDA倍率、想定シナジー)**が最も重要。
- 宇宙事業の受注実績: プロジェクトの契約金額と契約期間。特に、ストック収益に繋がる運用・保守案件や、リセール売上が見込める契約を獲得できるか。
- エンジニア一人当たり売上高・粗利: AI-Native化投資の成果を測るための最重要生産性指標。これが上昇トレンドを描けるかどうかが、投資回収の蓋然性を示す。
- 中核人材の定着率: AWS Top Engineersをはじめとするキーパーソンの退職動向。
これらのKPIに進展が見られ、成長ストーリーの蓋然性が高まったと判断できた時点で、初めて「買い」へのスタンス変更を検討すべきである。それまでは、固唾をのんで同社の「大いなる実験」の行方を見守りたい。