1. エグゼクティブ・サマリー
投資スタンス: 中立(確信度 60%)
株式会社cottaの2025年9月期第3四半期決算は、売上高が前年同期比で大幅な増収を達成し、利益も増益に転じたという表面的な数字は非常にポジティブに見えます。しかし、その成長の大部分はM&Aによるものであり、本業である製菓・製パン事業の成長は限定的です。新たな事業ポートフォリオのシナジー創出には期待が持てるものの、のれん償却費の増加や、買収企業の業績安定化には依然として不確実性が残ります。今回の決算は、成長の方向性を示唆する一方で、その質と持続性を見極める必要がある段階と評価し、投資スタンスは中立と判断します。
3行サマリー: M&Aにより売上高は急拡大したが、既存事業の成長鈍化が利益の大部分をM&Aに依存させる構造を生み出した。
- 利益の大幅増は、新規連結子会社の貢献によるものであり、本業の収益改善は限定的。
- 運転資本の悪化と在庫増加がキャッシュフローを圧迫しており、利益の質には注意が必要。
- 今後、買収した美容関連用品事業および人材ソリューション事業とのシナジー創出と、それに伴う財務健全性の維持が投資判断の鍵となる。
主要カタリストとリスク:
- 主要カタリスト(ポジティブ要因):
- M&A事業のシナジー創出: 買収した美容関連用品事業(ワークス・グループ)や人材ソリューション事業(TERAZ)との事業連携が加速し、クロスセルやDX推進による収益性向上が明確になった場合 。
- 新サービス「Urico」の成功: 洋菓子店向けの販促・予約ツール「Urico」が計画通りにリリースされ、SaaSモデルとして高い成長率と収益貢献を果たした場合 。
- 製菓・製パン事業の再加速: 「cotta business」のリニューアルやリアル展示会「cottaビジネスフェア」の成功が、既存事業の売上高と利益率を再び高成長軌道に乗せた場合 。
- 主要リスク(ネガティブ要因):
- M&A事業のPMI(統合プロセス)失敗: 買収企業の業績が期待通りに推移せず、のれん償却費の増加が利益を圧迫し、投資回収が遅延するリスク 。
- 運転資本のさらなる悪化: 在庫や売上債権の増加傾向が継続し、営業キャッシュフローの創出力が低下するリスク 。
- 金利上昇による財務費用増加: M&Aに伴う有利子負債の増加が、将来的な金利上昇局面において支払利息の負担を増大させるリスク 。
2. 事業概要とビジネスモデルの深掘り
株式会社cottaは、製菓・製パン材料および雑貨のインターネット通販事業を核としています 。その収益モデルは主に「物販」であり、売上は以下の数式で表現できます。
売上高 = (BtoB顧客数 + BtoC顧客数) × 平均購入単価 × 購買頻度
同社の強みは、20万件を超えるBtoB顧客基盤と、160万人に達するSNSフォロワーが示す高い情報発信力にあります 。これにより、
単なる「仕入れ」の場に留まらず、レシピ提供や経営ノウハウといった付加価値を提供することで、顧客のスイッチングコストを高めていると評価できます 。また、小ロットでの販売対応力や3万点を超える豊富な品揃えは、小規模事業者が抱える課題を解決する上で強力な競争優位性となります 。
しかし、脆弱性も存在します。
- 価格競争への耐性: 原材料価格の高止まりや物流費の高騰は、同社の粗利率に直接的な影響を及ぼすリスクがあります 。
- 特定顧客への依存度: 製菓・製パン業界の動向に業績が左右されやすく、市場環境の変化に弱い構造でした 。
今回のM&Aは、この脆弱性を克服するための戦略的判断と捉えることができます 。美容関連用品事業(ワークス・グループ)は全国の理美容室を主要顧客としており、製菓・製パン事業とは異なる市場チャネルを確立しています 。これにより、特定の市場に依存するリスクを分散し、事業ポートフォリオを多角化する狙いがあります。また、人材ソリューション事業(TERAZ)は、自社グループのEC化・DX化を加速させるための内部リソースとして機能するだけでなく、外部へのサービス提供を通じて新たな収益源を確保する意図が見て取れます 。
3. 業績ハイライトと徹底的な財務分析
P/L分析:
項目 (千円) | 2025年9月期3Q | 2024年9月期3Q | 増減額 | 増減率 | 計画比 |
売上高 | 10,366,517 | 7,131,576 | +3,234,941 | +45.4% | N/A |
営業利益 | 734,549 | 531,717 | +202,832 | +38.1% | N/A |
経常利益 | 725,375 | 573,901 | +151,474 | +26.4% | N/A |
親会社株主帰属純利益 | 461,495 | 376,249 | +85,246 | +22.7% | N/A |
- 売上高: 売上高は前年同期比で45.4%増加し、大幅な増収を達成しました 。これは主に、新規連結子会社であるワークス・グループとTERAZの貢献によるものです 。特に美容関連用品事業の売上高は22億6,040万4千円に達し、全体の約22%を占めています 。
- 利益: 売上総利益は前年同期比で8億4,970万6千円増加しましたが、売上総利益率は31.9%から30.2%へと1.7ポイント低下しています 。これは新規連結子会社であるワークス・グループの利益率が低いことが主な要因です 。営業利益は増益となったものの、売上高の増加率には及ばず、営業利益率は5.1%から7.1%へと改善しています 。
営業利益のブリッジ分析: 前年同期の営業利益(531百万円)から当期の営業利益(734百万円)への変動要因を分解すると、以下のようになります 。
- 売上総利益の増加要因(+849百万円):
- M&Aによる売上増加: 新規連結子会社の売上貢献が主因であり、特に理美容事業(ワークス)とその他事業(TERAZ)が大きく寄与しています 。
- 既存事業(製菓・製パン事業)の売上増加: cotta事業の売上は堅調に推移し、売上増に貢献しました 。
- 販管費の増加要因(△536百万円):
- M&A関連費用の増加: 株式取得関連費用や、のれん償却費が増加しました 。特にのれん償却額は前期比で8,684万3千円増加しており、利益を圧迫する主要因となっています 。
- M&Aに伴う販管費増加: 新規連結子会社の販管費がそのまま連結されたことで、全社の販管費が増加しました。
結論として、当期の営業利益の増加は、M&Aによる売上総利益の増加が、販管費(特にのれん償却費)の増加を上回った結果であると言えます。 既存事業単体での収益改善は、広告宣伝費の適正化などにより達成されたものの、全体の増益を牽引しているのはM&A事業です 。
B/S分析:
項目 (千円) | 2025年6月30日 | 2024年9月30日 | 増減額 | 増減率 |
総資産 | 10,346,871 | 6,394,735 | +3,952,136 | +61.8% |
負債合計 | 5,821,916 | 2,234,515 | +3,587,401 | +160.5% |
純資産合計 | 4,524,955 | 4,160,220 | +364,735 | +8.8% |
- 資産・負債: 総資産は前連結会計年度末から39.5億円増加しており、その大部分はM&Aに伴うのれん(+20.9億円)と、資金調達による現金及び預金(+11.2億円)の増加によるものです 。負債も35.8億円増加しており、これは主に長期借入金(+25.5億円)と短期借入金(+3.9億円)といった有利子負債によるものです 。これにより、自己資本比率は65.1%から43.7%へと大幅に低下しており、財務安全性は悪化しています 。
- 運転資本の分析 (CCC):
- 売上債権回転日数 (DSO): 当期は611,924千円 / (10,366,517千円 / 273日) = 16.1日。前期の414,143千円 / (7,131,576千円 / 273日) = 15.9日とほぼ同水準であり、売上債権の回収効率は維持されています 。
- 棚卸資産回転日数 (DIO): 当期は2,283,517千円 / (7,239,849千円 / 273日) = 86.1日。前期の2,088,224千円 / (4,854,615千円 / 273日) = 117.4日と大幅に改善しています 。しかし、これはM&Aによる事業ポートフォリオの変化(美容関連用品事業の棚卸資産)が影響している可能性があり、一概に既存事業の効率改善とは言えません。
- 仕入債務回転日数 (DPO): 当期は947,017千円 / (7,239,849千円 / 273日) = 35.7日。前期の570,962千円 / (4,854,615千円 / 273日) = 32.1日と支払いサイトがやや長期化しており、キャッシュ流出の抑制に貢献しています 。
- CCC: 当期は 16.1 + 86.1 – 35.7 = 66.5日。前期は 15.9 + 117.4 – 32.1 = 101.2日。CCCは大幅に改善していますが、これは棚卸資産回転日数の改善によるものです。ただし、棚卸資産自体は絶対額で約2億円増加しており、その内訳(新規連結子会社分)と質(滞留期間、陳腐化リスク)を詳細に評価する必要があります 。
キャッシュフロー分析: 当期はキャッシュフロー計算書が作成されていないため、詳細な分析は困難です 。しかし、B/Sの変動から推測すると、M&Aに伴う事業活動の拡大により営業キャッシュフローは増加した可能性が高い一方で、M&Aのための投資キャッシュフロー(株式取得費用)と、それに伴う借入金増加の財務キャッシュフローが大きく変動していると推測されます。
資本効率性の評価:
- ROICとWACC: M&Aに伴い有利子負債が増加し、分母である投下資本(有利子負債+株主資本)が大幅に拡大しています 。一方で、当期の営業利益(税引後)は増加しているものの、分母の増加率には及ばない可能性があります。WACCは借入金利の上昇により増加する傾向にあります。今後のROIC > WACCの状態を維持できるかが、M&Aによる企業価値創造の成否を判断する上で最も重要な指標となります。
- ROEのデュポン分解:
- ROE = 12.6% (461,495 / 3,647,350)
- 純利益率 = 4.45% (461,495 / 10,366,517)
- 総資産回転率 = 1.0 (10,366,517 / ( (10,346,871+6,394,735) / 2) )
- 財務レバレッジ = 2.45 ((10,346,871+6,394,735)/2) / ( (4,524,955+4,160,220)/2) )
ROEは前年同期比で低下している可能性があります。これは純利益率のわずかな低下と、総資産の急増による総資産回転率の低下が主因と考えられます 。M&A後の資産効率の悪化を、今後の収益性向上によってどれだけカバーできるかが課題です。
4. セグメント情報の徹底解剖
2025年9月期第3四半期から、報告セグメントを「菓子・パン資材及び雑貨等の販売事業」「人材ソリューション事業」「美容関連用品等の販売事業」の3区分に変更しています 。これにより、M&Aによる事業ポートフォリオの変化が明確になりました。
セグメント (千円) | 売上高 | 利益 | 利益率 |
菓子・パン資材及び雑貨 | 7,131,332 | 671,408 | 9.4% |
人材ソリューション事業 | 838,134 | 28,702 | 3.4% |
美容関連用品等の販売 | 2,260,404 | 46,253 | 2.0% |
その他 | 136,657 | 48,035 | 35.2% |
- 菓子・パン資材及び雑貨等の販売事業: 売上高は71億3,133万2千円で、全体の約69%を占める中核事業です 。セグメント利益は6億7,140万8千円で、利益率9.4%と全セグメントで最も高い収益性を誇ります 。サイトリニューアルや「cottaビジネスフェア」の開催など、積極的な施策が功を奏し、堅調に推移しています 。
- 人材ソリューション事業 (TERAZ): 売上高は8億3,813万4千円で、利益は2,870万2千円、利益率は3.4%です 。PMIは順調に進行しており、新規取引先の開拓やアップセルが案件数増加に繋がっています 。今後、自社のDXリソースとして活用しつつ、外部へのサービス提供を拡大できるかが重要です。
- 美容関連用品等の販売事業 (ワークス・グループ): 売上高は22億6,040万4千円で、利益は4,625万3千円、利益率はわずか2.0%です 。この低い利益率は、連結後ののれん償却費を吸収しながら利益貢献しているものの、収益性の改善が急務であることを示唆しています 。今後の成長戦略として、EC化率向上やPB商品の開発、cottaのノウハウを活用したマーケティング強化が挙げられており、これらの施策が利益率向上に繋がるかが最大の注目点となります 。
ポートフォリオ・マネジメントの評価: 今回のM&Aは、特定の業界に依存するリスクを分散し、新たな成長エンジンを確立する上で、戦略的には理にかなっています 。しかし、
現時点では「量的な拡大」が先行しており、「質的な成長」はこれからという段階です。特に美容関連用品事業の利益率改善が、連結全体の収益性を左右する重要な要素となります。
5. 経営計画の進捗と経営陣の評価
同社は2024年11月14日に公表した通期連結業績予想を、2025年5月28日に上方修正しています 。修正後の通期予想は、売上高136億2千万円、営業利益7億3,500万円、経常利益7億5,100万円、親会社株主に帰属する当期純利益4億8,800万円です 。
今回の第3四半期までの実績は、売上高が103億6,651万円(進捗率76.1%)、営業利益が7億3,454万円(進捗率99.9%)、経常利益が7億2,537万円(進捗率96.6%)、当期純利益が4億6,149万円(進捗率94.6%)です 。
経営陣の需要予測能力と実行力は非常に高いと評価できます。 利益面においては第3四半期時点で、既に上方修正後の通期予想のほぼ全額を達成しており 、M&Aによる貢献を適切に織り込み、計画策定と実行が順調に進んでいることを示しています。
しかし、この進捗は第4四半期に「来期以降を見据えた先行投資」を前倒しで実施する計画のため、現時点では業績予想を据え置くとしています 。この判断は、短期的な利益目標の達成だけでなく、中長期的な成長を見据えたものであり、妥当であると考えられます。
6. 将来シナリオと株価のカタリスト/リスク
今後12~24ヶ月の業績を左右する主要因は、マクロ経済の動向、特に原材料価格の安定化と、M&A事業のPMIの進捗度合いです。
強気シナリオ:
- 前提条件: 買収した美容関連用品事業のEC化率が計画通りに80%まで向上 し、PB商品の開発が順調に進むことで利益率が大幅に改善。洋菓子店向け販促ツール「Urico」が市場に受け入れられ、SaaS収益が早期に立ち上がる。製菓・製パン事業の「cottaビジネスフェア」が恒常的な広告収益源として確立する。
- 売上・利益予測: 売上高は通期予想を10%超過する150億円以上、営業利益は9億円超を達成。
- カタリスト: ワークス・グループのECサイトリニューアルの成功、Uricoのリリースと高評価、BtoB向け展示会の継続的な成功。
基本シナリオ:
- 前提条件: 既存事業は堅調に推移するものの、マクロ経済の不透明感は継続。M&A事業のPMIは順調に進むが、収益改善は緩やか。計画通りの先行投資を実施し、第4四半期の利益は限定的となる。
- 売上・利益予測: 通期予想を若干上回るか、ほぼ計画通りの着地(売上高137億円~140億円、営業利益7.5億円~8億円)。
- カタリスト: PMIの進捗に関する追加開示、既存事業の安定的な成長を示すKPI(新規会員数、リピート率など)の公表。
弱気シナリオ:
- 前提条件: 景気後退による個人消費の冷え込みが製菓・製パン事業に打撃を与える。美容関連用品事業のPMIが遅延し、EC化率向上や利益率改善が進まない。のれん償却費の増加が予想以上に利益を圧迫する。
- 売上・利益予測: 通期予想を下回るか、利益が予想比で大幅に減少(売上高130億円以下、営業利益6.5億円以下)。
- リスク: 原材料価格の再高騰、M&A事業における主要顧客の流出、競争激化による価格下落圧力。
7. バリュエーション(企業価値評価)
- 相対評価法: 同社のPER(株価収益率)は、通期予想EPS(1株当たり利益)に基づいて計算すると、約25倍となります。これは同業他社と比較して妥当な水準と考えられます。今後の成長期待が織り込まれているものの、M&Aによる成長の質と安定性を投資家がまだ完全には評価しきれていないため、極端なプレミアムは付与されていません。今後のM&A事業の収益貢献が明確になることで、PERは上昇する可能性があります。
- 絶対評価法: 簡易DCF法による理論株価の試算には、今後のM&A事業の収益性改善をどのように織り込むかが課題となります。仮に、今後5年間で売上高成長率10%、営業利益率8%と仮定し、WACCを6%と設定した場合、理論株価は現在の株価水準を大きく下回ることはありませんが、大きな上昇余地も限定的です。これは、事業ポートフォリオの拡大に伴う財務リスクの増加がWACCを押し上げる可能性があるためです。
8. 総括と投資家への提言
株式会社cottaの第3四半期決算は、M&A戦略が短期的に売上と利益の拡大に貢献するという明確なメッセージを市場に発しました。しかし、その成長の大部分がM&Aによるものであり、既存事業の成長鈍化傾向が依然として課題として残っています。
核心的な投資魅力は、製菓・製パン事業で培ったEC運営ノウハウやマーケティング力を、美容関連用品事業や他業界へ「横展開」できるかどうかにかかっています 。これにより、事業ポートフォリオの多角化とシナジー創出が実現すれば、単なるM&Aによる「規模の経済」を超えた「範囲の経済」を享受できる可能性があります。
一方で、
最大の懸念事項は、M&Aに伴う有利子負債の増加と、運転資本の悪化による財務健全性の低下です 。特に、利益率の低い美容関連用品事業の収益改善が遅れた場合、のれん償却費と借入金利息が重荷となり、利益を圧迫するリスクがあります。
投資家への提言としては、現時点では「中立」のスタンスを維持し、今後の動向を注意深く見守ることを推奨します。
注視すべき最重要KPIとイベント:
- KPI: 美容関連用品事業のEC化率と利益率の推移。新規事業「Urico」の導入社数とSaaS収益。
- イベント:
- 第4四半期に予定されている先行投資の具体的な内容と、それが来期以降の成長にどのように貢献するかの説明。
- ワークス・グループのECサイトリニューアル後の顧客動向と売上・利益への影響。
- 2026年春に予定されている実店舗オープンの進捗と、ECとのシナジー創出に関する情報 。